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経済学の常識を変える。「ドーナツ経済学」の挑戦

経済学の常識を変える。「ドーナツ経済学」の挑戦

私たちの生活に大きな試練をもたらしたコロナ禍が明け、2023年8月にGDP(国内総生産)の実額が過去最高を記録した。だが、過去最高とは裏腹に個人消費はマイナスのまま。物価高やガソリン価格の高騰など、家計への負担は増大する一方だ。

世界に目を向けてみても、状況はさほど変わらない。国の財政悪化や景気停滞など、GDPを指標とした経済成長は、私たちの暮らしを本当に豊かに導くのかという不安がよぎる。

そんな現在の経済システムに疑問を投げかけ、資本主義経済に代わる新しい経済理論として注目を集めるのが「ドーナツ経済(Doughnut Economics)」だ。

今回は、ドーナツ経済が現代社会における経済モデルのあり方をどのように変え得るかを考えていこう。

ドーナツ経済の目指す“繁栄”とは

ドーナツ経済とは、イギリスの経済学者ケイト・ワラースが提唱する新しい経済の理論のこと。この理論は私たちが従来信じてきた、右肩上がりの経済成長グラフとは一線を画し、環境保護と社会的公正を両立させる持続可能な未来への道を軸とする。

ケイトは「私たちに必要なのは繁栄につながる経済で、成長とは関係がない」とする(※1)。私たちの従来の経済は、成長に重きがおかれ、「大量消費・大量生産・大量消費」が基盤になってきた。しかし、成長至上主義の姿勢を貫いてきたことにより、私たちは気候変動や資源枯渇のリスク、食料不足など、さまざまな問題に直面している。

ドーナツ経済は、人類の21世紀の課題は地球上のあらゆる人々のニーズを満たすこと(※2)に重点を置く。地球にとって一番の脅威は、自然災害でもなく、温室効果ガスでもなく、それらを生み出す私たち人間だ。とはいえ、人間が経済活動をやめられない以上、私たちは、安定した気候や肥沃な土壌などを保護しながら、人類が繁栄するために環境的で安全な経済を実現していく必要がある。

そこで登場するのが「ドーナツ」だ。ドーナツ経済は折れ線グラフではなく、「人間の基本的なニーズを満たすための社会的最低ライン」と、「地球環境の負荷を超えないための環境的最大限ライン」の2つの円から成る。これらの要素は、内側の円が社会基盤を、外側の円が生態学的境界を表し、経済の状態が二重の円の中に収まり、”スウィートスポット”に位置するかどうかが指標とされる。

外側の枠をはみ出す経済活動は、地球環境の悪化を生み出す。一方で地球環境にだけに配慮し、内側の円に偏重すれば社会的な基盤が崩れ、人は窮乏に陥る。

要するに、私たちの経済が二重の円の内側に収まることで、環境的にも人類にとっても安全かつ公正な領域が実現し、バランスが取れた繁栄を達成する理想的な状態といえるのだ。

ドーナツ経済の現代社会へのアプローチ

では、ドーナツ経済には現代社会へ向けたどのようなアプローチがあるのだろうか。

まずは環境への影響を配慮した再生エネルギーの活用が挙げられる。毎年夏が来るのが恐ろしいほど、地球温暖化を肌で感じるようになった。

気温が高くなれば生命を守るためにエアコンを使用せざるをえず、それにより消費電力が増加し、温室効果ガスの排出につながる。日本では化石燃料による発電が7割強(※3)であるため、今後は再生可能エネルギーのさらなる拡大が課題となっている。

ほかにサーキュラーエコノミー(循環経済)の推進もある。再三指摘されている通り、右肩上がりの成長は有限な資源の消費と密接につながっているが、その結果として気候変動や生物多様性の損失、環境汚染などの地球規模の課題と直面している。

世界のサーキュラーエコノミーを推進するエレン・マッカーサー財団(※4)は、循環経済を実現する三原則として、「廃棄物と汚染を排除するデザイン」「製品・資材の循環」「自然システムの再生」を掲げる。

サーキュラーエコノミーでは、これまでの「使ったら捨てる」というデザインではなく、資源の効率的な活用と廃棄物の削減のため、従来とは異なったアプローチのデザインを採用することで課題の解決を目指す。つまり、商品を生み出す前からどう処理され再利用されるのかまで資源の循環をデザインするわけだ。

それ以外にも、社会的最低ラインを守るために、貧困削減や教育格差など、幸福度や環境指標に注目したアプローチも考えられるだろう。

世界で広がるドーナツ経済の政策

ドーナツ経済は、私たちが直面している問題を解決しうる希望を持ち合わせているかもしれないが、本当に実装が可能なのかという疑念を抱くかもしれない。

ドーナツ経済の実例を語る上で代表とされるのは、2020年にいち早くドーナツ経済を基盤とした政策「THE AMSERDAM CITY DOUGHNUT(※5)」を発表したオランダのアムステルダム市だ。アムステルダムでは、ケイトの提唱した「安全かつ公正な領域」を実現するため、従来とは異なる方法で生産し消費する循環型都市を目指している。

サーキュラーエコノミー推進にかかる報告書「Building Blocks for the New Amsterdam Circular 2020-2025 Strategy」(※5)によると、アムステルダムでは(1)食品と有機廃棄物の流れ(2)消費財の削減(3)建築環境の3つを重点分野としている。

実際にアムステルダムに住む人の話を聞くと、持続可能性につながる経済活動が生活の一部となっている印象を受けた。例えば著者の友人のエンジニアは、企業が循環型都市を実現するためのエコシステムの開発に携わっている。最近住宅を購入した友人は、提供されるすべての電力が再生エネルギーで賄われていることが気に入って購入を決めたという。

アムステルダムではサーキュラーエコノミーの実装がとてつもないスピードで進んでおり、「地球のために環境にいいことを選ぶ」のではなく「選択肢は当然に環境に配慮された方法である」というフェーズに到達していると感じた。

またニュージーランドでは、国家としての繁栄を測る指標として、GDP以外に「The Living
Standards Framework Dashboard(※7)」を採用。経済成長だけでなく、社会的な幸せの向上に取り組むため、2019年には世界初となる「Wellbeing Budget(幸福予算)(※8)」を国家予算として計上している。国民の生活水準向上に貢献する事業に予算が割り当てられており、最新の予算では、生活費と大型サイクロンによる被害回復に重点が置かれている。

ドーナツ経済は世界が持つ可能性を最大限に引き出すか

ドーナツ経済が私たちの直面する問題を解決する期待は大きいが、既存の経済構造や権益との衝突が起こる可能性も否定はできない。

ただ、ドーナツ経済は決して「環境や社会のために何かを我慢する」ことを強いていない。どうすれば、人が永続的に繁栄を続けられるのかという視点が中心だ。

成長だけを追求してきた経済システムから、その弊害として生じたさまざまな問題に立ち向かいながら、繁栄を追求するための時が今、訪れている。

成長というレンズではなく、持続的な繁栄を叶えるためにリジェネラティブ(環境再生的)という視点から、経済を再考するドーナツ経済。現代社会が直面する課題を解決しながらも、今ある力をより引き出すための挑戦はこれからも続いていく。

参考文献

※1 https://www.youtube.com/watch?v=Rhcrbcg8HBw&t=474s
※2 https://www.kateraworth.com/doughnut/
※3 https://www.enecho.meti.go.jp/about/pamphlet/energy2022/007/
※4 https://ellenmacarthurfoundation.org/topics/circular-economy-introduction/overview#:~:
※5 https://www.kateraworth.com/wp/wp-content/uploads/2020/04/20200406-AMS-portrait-EN-Single-page-web-420x210mm.pdf
※6 https://www.amsterdam.nl/en/policy/sustainability/circular-economy/#:~:text=Amsterdam%20Circular%20Strategy%202020%2D2025&text=In%20the%20coming%20years%2C%20the,fully%20circular%20city%20by%202050.
※7 https://lsfdashboard.treasury.govt.nz/wellbeing/
※8 https://budget.govt.nz/budget/pdfs/wellbeing-budget/b23-wellbeing-budget.pdf

WRITING BY

Ayaka Toba

編集者・ライター

新聞記者、雑誌編集者を経て、フリーの編集者・ライターとして活動。北欧の持続可能性を学ぶため、デンマークのフォルケホイスコーレに留学し、タイでPermaculture Design Certificateを取得。サステナブルな生き方や気候変動に関するトピックスに強い関心がある。

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