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確率があなたを強くする。未来を正しく予測する方法
目次
ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず
この社会は、実に複雑である。
そこに絶対普遍なものは存在せず、トレンドは瞬く間に移り変わり、政党や政治家は時に入れ替わり、株価は常に上下し、デフレ、インフレ、低成長、高成長、雇用率増減、全てを包括しながらマーケットは動き続ける。
このような状況のなかで、会社の製品の来期の生産数はどうするか、人員を増員すべきか削減すべきか、企業の存続に関わるような意思決定の場は毎日のようにやってくる。
この不確実で不透明な未来と向き合い渡り歩くには、必要以上に楽観的になったり完璧な予測を求めてはならない。この”分からなさ”と対峙し、未来が不確実であることを踏まえたデシジョンメイキングを行う必要がある。そこで有効性を示すのが、「確率論」に基づいたロジカル思考である。
フランスの数学者で経済学者のブノワ・マンデルブロはこのような言葉を残している。
「確率論は、未知のものや自分ではコントロールできないものを把握するのに利用できる唯一の数学的ツールだ」
この社会には完璧な情報は存在しないゆえに、未来は本質的に予測不可能である。しかしそれが起こりうる可能性と確率について検討することで、未来に備えることはできる。
ビジネスの神は確率の顔をしている
まずは、ビジネスマーケティングの肝である「条件付確率」という確率論をおさらいしてみよう。
条件付確率とはある条件のもとで別の事象が起こる確率であり、P(B∣A),PA(B) などと書く。
例えばYoutube動画で幼児向けおもちゃ商品の販促を行うとする。
その場合、その動画プラットフォームにどれくらい子どものいるユーザーがいるかをまず知る必要があり、
・どれくらいその商品が知られているかの割合(認知率)
・動画を見せている幼児がどれくらいの割合で商品を嗜好するかの割合(プレファレンス)
・生活圏内にこの商品が売っているか(配架率)の割合
が重要になる。この三つの条件を全て満たしている必要があり、それぞれの割合が大きいほどマーケットで成功する確率が高いことになる。この3種類の確率を出して、其々を重ね合わせながらも別々に見ることで、弱い部分から伸ばしやすいポイントを引き出して拡大してゆく。
確率を計算すれば潜在的顧客がどれくらいいるのか、どれくらいの確率で商品が売れるのかがおおよそ分かり、需要予測をすることができる。そして認知率、配荷率を既に100%まで高めているならば、最後に伸びしろがあるのは「プレファレンス」である。
条件付確率を重要な戦略として紹介している『確率思考の戦略論』でも、プレファレンスの大きな可能性について触れられている。著者の一人、森岡穀氏はP&Gでマーケティングキャリアを積んだ後、USJ(ユニバーサルスタジオジャパン)に入社し、同社のV字回復の立役者の1人になった。森岡氏はプレファレンス、すなわち質=自社製品への投票数を増やすことの伸びしろは無限大だとして、USJでの例を解説している。
USJでは
・名前が知られている割合(認知率)
・知られている人達とUSJのテーマの嗜好が合うかの割合(プレファレンス)
・アクセスしやすいかの割合(配荷率)
という条件が重要になる。
知られている割合に関しては、世の中の殆どの人が「USJ」を知っていると思われるので既に問題をクリアしているが、その“殆どの人”と嗜好が合っているかと問われれば、開園に際して用意されたアメリカ仕様のテーマとのミスマッチが目立っていたのは間違いない。映画好きには至福の場所だったが、今の10〜20代の中で「ジョーズ」を見たことがある人は少ないだろう。「ビートルジュース」や「バックドラフト」もしかりである。
そこで森岡氏はより多様な世代のユーザーに分かり易くフックする「ハリーポッター」や「ワンピース」「スーパーマリオ」などを次々に誘致してゆき、漫画やゲームなど日本カルチャーを組み込むことでUSJの独自性も打ち出していった。
「映画だけのテーマパーク」から「世界最高のエンタメセレクトショップ」へと、プレファレンスの裾野を拡大したことが成功を導いた。
『確率思考の戦略論』が近年大ベストセラーになったのは、多くのビジネスパーソンが既に確率思考を持っている、またはその必要性を感じているからに他ならない。
その事業に投資する価値はあるか、期待値は知っている
ここで重要な要素、期待値にもふれておこう。期待値の計算はとてもシンプルで、値に確率をかけるだけである。世の中の多くのビジネスは期待値を使っている。
金融業や保険業はその代表的な業界だろう。いくらぐらいの掛け金でどういう契約にすれば利益を生むことができるのか、様々なシミュレーションをして掛け金や保険金を決める際に期待値を決め手としている。
鍵本聡著『世の中は期待値でできている』による競馬の期待値の例を見てみよう。
競馬に行くとして、馬券の売上のうち15%ほどをJRAが取り、10%で税金を払い、残り75%を馬券を買った人たち全体で分けあうことになる。すると期待値は`00円の馬券の場合75円となる。つまり根本的には儲かるはずがないのだが、そこに馬の人気度によるオッズの変動や実際の勝率など様々な要素が絡み合い、競馬で勝つこと、すなわち100円の馬券から25円引かれた状態で、期待値が100円以上になる馬券を探せる人が、競馬で儲けられる人になる。
アマゾン・ドットコムの創業者ジェフ・ベゾスも、創業期に期待値を上手く利用したことは有名である。
アマゾンのシード期は苦難の連続だった。ベゾスはCharlie Roseとの対談で、アマゾンの事業計画については楽天的だったが、60回も投資家に会いに行き、そのうち20人から小規模投資を募ってようやく100万ドルを集めて創業したことを明かしている。
この時、ベゾスは投資家たちに期待値の理論で投資を持ちかけている。
自分のオンラインビジネスには大きな利益を生み出す可能性があるが、インターネットというものすら一般的でなかった時代、70%の確率で事業が失敗し投資は水の泡になると警告している。だが30%の成功確率が現実になったとき、そのリターンは70%の失敗確率を完全に覆すと説明した。30%が現実になれば、ドルあたりの期待値は何千ドルへと脅威の成長を遂げるだろう。投資家たちに(小規模投資なら賭けてみてもよい)と思わせるには十分な説得力だ。
実際にその30%がどうなったかは、皆さんのご存知の通りである。
家畜の重量も森羅万象も、集合知なら見極められる
会社の経営に関する未来を予測するためには、様々なアナリストの中でも最高峰のリピテーションを誇る少数の権威に意見を聞くのが真っ当のように思う人も多いだろう。しかしそうとも限らないことを私たちは知るべきである。
PMジェームズ・スロウィッキーの著作『「みんなの意見」は案外正しい』に面白い例が載っている。
1906年、遺伝や優生学の権威であった科学者フランシス・ゴールトンは、選ばれたごく少数の人間だけが社会を健全に保つことができると信じていたがゆえ、家畜の血統などにも大きな興味を抱いていた。
しかしある家畜家禽見本市でのこと、雄牛の重量あてコンテストがあり、一番近い数字を当てられた人に賞金が渡るということで、800人ほどがエントリーしていた。その顔ぶれは実に多様で、畜産農家や食肉店のような重量を当てるにはもってこいに見えるプロから、全く何も知らなさそうな一般人まで、あらゆる人が投票した。
見本市に来ていたゴールドンは、コンテストの様相がまるで民主主義の投票のようだと感じ、エントリーした者の全体の総意、すなわち「平均的な有権者」に何ができるのか、もしくは彼らには何もできない、ということを照明しようと思った。
しかしそれは間違いだということが、奇しくもゴールドンの手によって明らかになる。投票用紙を借り受け分析したところ、予測の平均値は1197ポンドだったが、実際には1198ポンドだったのである。血統や特殊知識の有無に関係なく、「みんなの意見」はほぼ正しかった。
これは今日のGoogle検索のメカニズムにも、またオープンソースOSでプログラマーたちに修正や改善の報告を募ったリナックスの歴史などにもトレースできる。
平均値や中央値、多数決を用いる非常にシンプルなルールが、時に物事を正しく捉え、未来を予測することもある。
平均値、中央値を有効に用いることで、傲慢にも未来も全て知っているなどという妄想に陥っている人に頼らなくて済む。そういったリーダーには要注意である。
確率で、この不確実な世界に強く生きる
プロ雀士の小林剛氏は、著作『なぜロジカルな人はメンタルが強いのか?』で、麻雀の選択の根拠は確率だけであり、「確率予測力」が高い人は強いと述べている。彼はあらゆる確率の計算をするのが好きで、控室でもホワイトボードで様々なパターンの確率計算をし、極論「雀力」とは、あらゆる場面をシミュレーションし、其々の確率を予想することそのものだと言う。
「成功も失敗ーーも、どれくらいの確率で起こりうるか把握していれば、どんな結果でも受け入れやすくなります。平常心を保ちやすくなるのです。これはビジネスでも同じです。たとえば「新規顧客の受注率は5%」という大まかな確率があるなら、「20件アプローチすれば1件は受注できるな」と考えて行動することができます。仮に受注できなくても、「まぁ受注率5%だから当然だな」と、引きずらずに次のアクションに向かうことができるでしょう。どんな世界でも「確率予測力」は必要なのです」
小林の言う、失敗の確率すら見据えた予測は、この不確実で複雑な世の中で非常に信頼のおける数字だと言えるだろう。期待値の計算にも、この不確実性の正確な予測は組み込まれるべきである。
コロナ禍で事業をマスクの生産に切り替えたり、プラスチックパーテーションの生産ラインを増設した企業は全世界に山といた。その誰もが、このクレイジーなシチュエーションの中で、また更なるパンデミックが起き需要が爆発的に伸びる可能性、一気に収束して全てが塵となる可能性、新商品への世間の関心の移り変わりなど、予測不可能要素しか無い毎日をどう検討していたのか、まさしく想像を絶する決断の日々だっただろう。こうしたことが大なり小なりこの社会では起き続け、ビジネスに携わるものはそれに常に向き合わなければならない。
「Decision Leadership: Empowering Others to Make Better Choices」を書いた 意思決定論の権威Don A. Moore教授 と Max H. Bazerman教授は、「私たちは組織を意思決定工場だと考えています」と述べている。
ナレッジ ワーカーの数は現在世界中で 10 億人を超えている。さらに、自動化される機械的なタスクの数が増加するにつれて、少数のリーダーだけではなく、より多くの従業員が意思決定を伴うより高度な作業に割り当てられるようになるだろう。
この現実を考えると、従業員の意思決定能力を高めることが、リーダーシップの課題として浮上してくるのも当然だろう。意思決定の為の確率思考を多くの人が獲得する必要は、もう眼前に迫っているのである。
ポーカープレイヤーのアニー・デュークは自著『確率思考』の中で「意思決定を「正解」と「間違い」のどちらにしか当てはめられない世界から去ったとき、私たちは両極の間を行き来できるようになる。」と語っている。
先が見えない中でも、分かること、分からないことを慎重に吟味し、特に先の分からない要素を正確に絞りだしその分からなさを予測しておくことが、可能な限り未来の正確な予想に繋がることは間違いない。私たちはその為に日々全力を尽くさねばならないが、ままならないことがあると知ることは、私たちをより強くするだろう。
参考文献
森岡毅、今西聖貴共著「確率思考の戦略論〜USJでも実証された数学マーケティングの力」2016年
Moore,Don A. Bazerman,Max H. (2022) Decision Leadership, Empowering Others to Make Better Choices, Yale University Press.
アニー・デューク著「確率思考〜不確かな未来から利益を生みだす」日経BP社、2018年
ジェームズ・スロウィッキー著「『みんなの意見』は案外正しい」角川書店、2006年
野崎昭弘著「人生が楽しくなる確率」株式会社ナツメ社、2005年
小杉のぶ子、久保幹雄共著「世の中は期待値でできている」株式会社近代科学社、2011年
小林剛著「なぜロジカルな人はメンタルが強いのか?〜現代最強雀士が考える確率思考〜」飛鳥新社、2021年
福原義春著「企業は文化のパトロンとなり得るか」株式会社求龍堂、1990年
中嶋浩郎著「図説メディチ家〜古都フィレンツェと栄光の『王朝』」河出書房新社、2000年
シェーン・パリッシュ、リノアン・ボービアン共著「〜知の巨人たちの『考え方』を一冊で、一度に、一気に学びきる〜グレートメンタルモデル」株式会社サンマーク出版、2022年
TNW Jeff Bezos attended 60 investor meetings to raise $1m from 22 people, just to get Amazon started
https://thenextweb.com/news/in-the-early-days-amazon-founder-jeff-bezos-attended-60-investor-meetings-to-raise-1m-from-22-people
伊藤 甘露
ライター
人間、哲学、宗教、文化人類学、芸術、自然科学を探索する者