CULTURE
なぜオタクはコミケに魅了され続けるのか?
目次
2022年8月13日からオタクの祭典「コミックマーケット」が開催された。第100回を迎えた本イベントだが、そこに至るまでの歴史も興味深い。一体、どんな足跡を辿ってきたのだろうか――。
コミックマーケットとは
この夏、世界最大規模の自費出版(同人誌)の展示即売会であるコミックマーケットが第100回目(以下第X回コミックマーケットをCXと表す)を迎える。コミケットやコミケの略称で知られる本イベントは、非営利団体のコミックマーケット準備会がボランティアベースで実施している。そして法人格がないと難しい業務である公的機関対応、各種契約処理、事務所維持等の取り扱いは有限会社コミケットが支援する体制だ。
このような体制になったきっかけは1975年当時、既に実施されていた日本漫画大会の運営に対する不満から、漫画批評家集団「迷宮」により第一回が開催され、今日に至る。コロナ禍前のC97では、参加サークル数3万2千, 参加者総数75万人を数え、withコロナのもと開かれた前回C99でも参加サークル数2万、入場者数11万人という、驚異的な数のオタクたちが集った。
コミックマーケット準備会の活動は、イベント開催以外にも、第一回より見本誌として回収した数百万種に及ぶ作品を保管し、その維持・拡充・公開を進める事業や、「紙を沢山消費する」文化・趣味であることから公益財団法人 森林文化協会への寄付を例年実施している。また1997年より東京都赤十字血液センターと連携して会場近隣に献血バスを配置し、C97では4日間で1,894名を集めた。令和3年度実績で東京都では568,258人の献血があったが、単純に365で割ると1557名であり、1イベントで東京都全体における1.2日分の献血を集めたことになる。
コミックマーケットが受け止める多様性
2014年資料によると、コミックマーケットは以下の理念を掲げている。即ち、同人誌を中心とした全ての表現者を許容し継続することを目的とした表現の可能性を広げるための「場」であること、全ての参加者の相互協力によって運営される「場」と規定しこれを遵守すること、そして法令と最低限の運営ルールに違反しない限り一人でも多くの表現者を受け入れることを目標とすることである。また、コミックマーケットには「参加者」しかおらず、全ての参加者が対等であるとも述べられている。表現の多様性を守り、参加者がそれを発表・享受する場としてコミックマーケットは成長してきた。
コミックマーケットは国内でも極めて稀なジェンダー比率を達成しているイベントでもある。実際、C84の統計では女性の参加者が57%と多数を占めていると報告されている。虎ノ門日本消防会館会議室で開かれたC01では、オタクのステレオタイプな男性的イメージとは真逆ともいえる状態で、700名の参加者のうち90%が少女マンガファンの女子中・高校生であったと記録が残っている。
特に女性参加者の割合が多い参加区分としては、コスチュームプレイ、いわゆるコスプレがあげられる。コミックマーケットでは、サークルの同人作品による表現等々ともに、コスプレをその可能性を探求すべき「身体表現」として捉え、自由な表現を尊重している。コミックマーケットにおけるコスプレは、1978年ごろから見られたと記録されている。しかしコミックマーケットにおけるコスプレはもともと規制が厳しく設定されていたために規模は小さかったが、C80に”30cm以上の長物は持ち込み禁止”といった「モノの制限」から、”持ち込み物を振り回さない”という「行動の制限」に変更することで規制緩和を実現してC81から急増、現在では2万人程度のコスプレイヤー達が集まる。
コミックマーケットで取り扱われるジャンルは、同人ゲーム・マンガファンサークル・アニメ・ゲーム関連や性指向の強い男性向け作品がその多くを占めるが、そのほか評論・情報、音楽・芸能・スポーツ、歴史・文芸・小説、特撮・SF・ファンタジー、鉄道・旅行・メカミリ(メカニズム&ミリタリー)、オリジナル雑貨などのジャンルがひしめき合っている。オタクと一口に行ってもその内包する世界は極めて広いのだ。コミックマーケットは、あるトピックスに専門性を持つオタクですら新たな価値観に遭遇できるような、多様な表現の濃縮空間である。
異界としてのオタク
オタクたちが日々創作・嗜好する多様な個人表現のための場としてあるコミックマーケットだが、オタクではない社会から見れば、理解できないが興味を惹かれる「異界」であったに違いない。
異界とはあらゆる時代に現れる人間社会のモチーフだ。オペラ「トゥーランドット」や「蝶々夫人」などは西洋社会からみた東洋という異界とその交流を描いているし、日本文化における「あの世」も類似の概念である。通常踏み込むことができないながらも、憧れ・興味そして畏怖の対象である場が異界である。
コミックマーケットと社会の境界線は、その規模が拡大するにつれて明確になっていく。例えば、風紀を乱すとの理由から警察からの要請によりC23からコスチュームプレーヤーの会場外への外出が禁止された。その後、場外整理を警備会社に委託するなどの工夫がなされた。
異界としてのコミックマーケットとそこに集うオタクたちに対する畏怖がある種の嫌悪感として顕著に表れたのは平成黎明期である。1988年から89年にかけて発生した東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件の犯人がロリコン・ホラーなどの嗜好性を有していることから、第三者はコミックマーケットに集うようなオタクたちが全て犯罪予備軍であるかのようなレッテルを貼った。同時代は「引きこもり」という単語が新聞に登場した頃合いであり、従来の常識の範囲では理解できないような社会問題が台頭し始めた頃でもある。そのため社会通念に沿わない表現行為や嗜好性を有するオタクたちは社会の外界・異界の住人とされ、ゾロアスター教におけるアンラ・マンユ(アーリマンもしくはアンリ・マユ)のごとく、「この世の全ての悪」と暗に社会的不安の受け皿の一端を担わされたのではないかと考えられる。
いじめとはある種のヒエラルキーの元で他人を差別化して侮蔑・排除行為を行うことだが、オタクは当然その対象ともなった。当時はゲームやアニメの類はクールからかけ離れており、一部友人の間で共有する秘め事であった。まさに同人でなければ共有できない、共有させてもらえないものであった。実際、90年代から2000年代初頭にかけて、コミックマーケットに参加するようなオタクは侮蔑の目に晒されていたとの論説を多く見かける。
このような社会情勢の中、1990年開催のC37では初めて参加者数が20万人を突破する。その後は20万人前後の動員が続き、1996年のC50では会場を東京国際見本市会場(晴海)から東京国際展示場(東京ビッグサイト)へ移し、参加人数は初めて30万人を超えた。
この頃生まれたアニメーション名作も多い。1998年、CLAMP原作アニメーションの代表格といえるカードキャプターさくらや、同年に放送されたもの一部の描写が問題視されて放送を打ち切られ、比較的表現の自由が許容された衛星放送によって1999年に完結を迎えたCowboy Bebopなど、現在では国際的にも評価され今なおファンが多い作品が多数制作された。しかし、いずれもある種安心感のある子供向け作品という視点で国民的支持を受けたドラえもんやスタジオジブリ作品のように社会の日の目を浴びる作品ではなかった。
1995年に放送された新世紀エヴァンゲリオンも同様である。2022年現在で知らない人はいないであろう名作中の名作の地位を確立しているが、当時は難解極まりない内容などから社会の注目をそこまで強く集めるものではなかった。加えて1997年、アニメ・ポケットモンスターの作品中の画面効果により多くの視聴者が体調不良を訴えるなどの事件となったいわゆるポケモンショックは、公共放送における映像表現の規制を高めるには十分だった。社会は、その存在を無視できなくなった異界であるオタク世界との共生を試みるべく、日々衝突を繰り返していた。
コミックマーケットが願う「ハレの日」
2010年前後より、コミックマーケットが育み守ってきた多様性は日本での市民権を獲得したといえる。京都アニメーション制作で2006年に放送された「涼宮ハルヒの憂鬱」は名作であることに加えてオタク文化の転換期となるマイルストーンとしても多くのオタクたちに記憶されている。この頃から、アニメーションをはじめとするオタク文化は若い世代を中心に広く社会に受け入れられ始めた。(2019年に発生した京都アニメーションの悲劇は、その凄惨性も去ることながら、素晴らしい作品を生み出し続けオタク文化の異界から日常への変革に対する功績という背景があるからこそ多くの関係者の悲しみを誘ったことを補足しておく)。
2010年に経済産業省にはクール・ジャパン室が設置され、コミックマーケットという象徴的な場でオタクたちが育んだ文化が、公のものとして認知され国策として新興された。その背後には2004年 第9回ベネチア・ビエンナーレ日本館「おたく:人格=空間=都市」など、コミックマーケット準備会も貢献した国際的な活動やインターネットの普及に伴う海外オタク文化の醸造・交流も忘れてはならない。
コミックマーケットは、全ての参加者にとって「ハレの日」であることを願い運営されている。「ハレの日」とは柳田國男によって見出された、日本文化に根ざした祭事などの非日常を表す「ハレ」に由来するものだろう。仮想空間では代替できない場が作り出す「ハレの日」の楽しさを、より多くの人と共有すべく場を永続的に継続することこそが、コミックマーケット準備会の最大のミッションである。コミックマーケットは今や異界の祭典ではなく、国際的にもその存在を認められた「ハレの日」である。今年も数多くのオタクたちがこのハレの日という締め切り効果を活用しながら自由な作品を創造して、記念すべきC100を迎えたことだろう。
参考文献
コミックマーケットオフィシャルサイト
https://www.comiket.co.jp
迷宮
https://ja.wikipedia.org/wiki/迷宮_(同人サークル)
コミックマーケット2014年資料
https://www.comiket.co.jp/info-a/WhatIsJpn201401.pdf
C99レポート
https://www.comiket.co.jp/info-a/C99A/C99AAfterReport.html
コミックマーケット献血
https://www.comiket.co.jp/info-a/BloodDonation.html
90年代オタク評論
https://news.yahoo.co.jp/byline/furuyatsunehira/20190720-00134932
引きこもり
http://www.f.waseda.jp/k_okabe/semi-theses/1617a_o.pdf
クールジャパン戦略
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2012/2012honbun/html/i4220000.html
第9回ベネチア・ビエンナーレ日本館公式サイト
https://venezia-biennale-japan.jpf.go.jp/j/architecture/2004
安藤 康伸
ライター
博士(理学)。国立研究開発法人にて機械学習や計算シミュレーションを材料開発に活用する研究に従事。企業向け技術セミナーや学生向け出張授業に加え,趣味でサルサダンス・ミュージカル・インプロなどのステージにも立つ。好きなお酒は無冠帝・ポルフィディオ・アネホ若しくはブッカーズ。