CULTURE

フルブライト奨学金停止に見る、気前のよいアメリカの終焉

Vertical creative photo collage of peoples hands hold graduate hat and put money in it concept of payment for university college education.

アメリカ現地時間の2025年3月7日、アメリカ商務省がフルブライト奨学金やギルマン国際奨学金といった海外・国内留学生向けの奨学金プログラムの「停止」を発表し、関係者に衝撃を与えた。日本を含む世界各国の若者にアメリカで学ぶ機会を与え、各界の人物を育ててきた由緒ある奨学金の突然の停止は、奨学金の受給者や受入教育機関のみならず、アメリカ社会全体を揺るがす事態となっている。フルブライト奨学金停止の背景には何があるのか、トランプ政権が目指すアメリカの方向性と重ね合わせて状況をまとめてみた。

突如発表されたフルブライト奨学金停止のニュース

Young beautiful woman going over finances at home

オハイオ州立大学へ通うあるフルブライト奨学生は、奨学金支給停止の連絡を電子メールで受け取った。2025年3月7日金曜日早朝に送信されてきた電子メールには、フルブライト奨学生に毎月支給される生活費の支給が「停止」(suspend)され、プログラムそのものが無期限で凍結された(frozen indefinitely)というのだ。

唯一の生活の糧であった奨学金の支給を突如停止された学生は、次のように心境を説明している。

「突然のことでしたので、(他のフルブライト奨学生も)皆恐ろしく思っています。今後についても、一体何が起きるのかまったく見当がつきません。皆不安で、暗闇の中でひたすら待たされている状態です」

フルブライト奨学金プログラムを管轄するアメリカ国務省は、前月2月から対象者への奨学金停止の連絡を開始したとしているが、多くの奨学生が奨学金支給停止の連絡を「直前」か「当日」に受けたようだ。上述の奨学生のように、実際には「寝耳に水」だったケースが少なくなかったとものと見られる。

フルブライト奨学金を始め、由緒ある奨学金プログラムの多くが停止

アメリカ国務省によるフルブライト奨学金を含む各奨学金プログラムの停止は、トランプ政権が各連邦行政機関に対して執行した大統領令の「予算見直し」(budget review)の一環として行われたことはほぼ間違いない。停止されたのはフルブライト奨学金のほかに、アメリカ人学生の海外留学を支援するギルマン国際奨学金や、低所得世帯出身者用奨学金のフバート・ハンプフリー奨学金、アフリカの発展途上国の学生を対象にしたマンデラ・ワシントンフェローシップなども含まれている。

アメリカでは現在、トランプ大統領とその右腕のイーロン・マスク氏率いるDOGE(Department of Government Efficiency、 アメリカ政府効率化省)が、各連邦行政機関の予算と人員削減に躍起になっている。その矛先は、各奨学金プログラムを管轄する国務省にも向けられていて、実際に予算削減の嵐が現場レベルで吹き始めたというわけだ。

フルブライト奨学生などを受け入れているNAFSA(アメリカ国際教育者協会)のある職員は、各奨学金プログラムの無期限の凍結がいつ解除されるのか、あるいは解除そのものがされるかについて国務省に照会しているものの、未だに明確な回答は得られていないとしている。

由緒あるフルブライト奨学金、日本からも人材を輩出

フルブライト奨学金は第二次世界大戦終了後の1945年に、「世界平和を達成するためには人と人との交流が最も有効である」との信念のもとにJ.ウィリアム・フルブライト上院議員が米国議会に提出した法案に基づいて発足したアメリカ政府による国際人物交流事業だ。

日本では1952年から活動が開始され、これまでに6,700人の日本人がプログラムに参加、アメリカへ留学して高度な教育を受けてきた。

日本からのフルブライト奨学金参加者には総理大臣経験者の鳩山由紀夫氏、海部俊樹氏や、ノーベル生理学医学賞受賞者の利根川進氏、ノーベル文学賞受賞者の大江健三郎氏、ノーベル文学賞候補者の村上春樹氏なども含まれている。 そのような由緒あるフルブライト奨学金がトランプ大統領の鶴の一声によって停止させられてしまったことに忸怩たる思いを抱いている日本人は少なくないだろう。

膨張し続けるアメリカの債務、国家破産に向かうアメリカ

Graduation, Debt, Cap - Hat, Education, Student loan, Scholarship

ところで、トランプ大統領はなぜフルブライト奨学金などのアメリカ政府による奨学金プログラムを停止したのだろうか。その最大の理由は膨張を続けるアメリカの赤字、特にDOGEが目の敵にしているアメリカの財政赤字だ。

アメリカ商務省によると、本記事執筆時点(2025年3月20日)のアメリカの累積債務は36兆2143億ドル(約5432兆1450億円)に達し、史上最大記録を更新中だ。 対GDP比も2013年に歴史上初めて100%を越え、今日時点で123%と、こちらも記録を更新中だ。国債などの利払い負担も年4780億ドル(約49兆3000億円)に達し、総国家予算の16%を占めている。トランプ大統領・マスク氏率いるDOGEは、このアメリカの財政赤字をターゲットにして、赤字縮小・是正のために大ナタを振るい始めている。

アメリカの財政赤字の影響は、特に住宅費や教育費などのコストが上がり続けている今日の市民生活においてじわじわとその影を見せ始めている。前に別の記事で学費高騰を続けるアメリカの大学へ安く通う三つの方法について解説したが、連邦政府からの助成金が今後も削減されることでアメリカの大学の学費がさらに上がり、より多くの学生が自衛策をとることを余儀なくされるだろう。

また、高額なアメリカの大学の学費を支払うために巨額の学生ローンを背負った若者の多くが未だに返済に苦しんでいる現状についてもお伝えしたが、今後より多くの学生が人生のキャリアを始める時点ですでに学生ローン返済と言う大きなハンディキャップを背負わされることになるだろう。

アメリカが抱える債務の本質的な問題について、著名ブロガーのジョー・ローガン氏との対談でイーロン・マスク氏は次のように語っている。

「アメリカの国債利払い負担は、連邦政府の総収入の23%にも達しています。単に利払いのためだけのお金が、今もなお増え続けているのです。今なにも行動をしなければ、将来的に連邦政府予算のすべてを利払いに充てなければならなくなるでしょう。そうなると、ほかに使える予算はなくなってしまい、社会保障や社会的弱者のための公的医療保険などに使われるお金もすべてなくなってしまいます。それが現在のアメリカが向かっている未来であり、国が破産するということなのです」

「気前がよいアメリカ」は、いなくなってしまったのか?

Aerial view of Statue of Liberty and city skyline

連邦政府の総収入が4兆9200億ドル(約738兆円)である一方、国債などの借金1兆1265億ドル(約169兆円)で年間予算を回している現在のアメリカは、企業家イーロン・マスク氏から見ると「実質的に破綻」しており、「ゴーイングコンサーンが確保できない」状態にあるのだろう。今日のアメリカ市民を苦しめている住宅費や教育費などを含む生活コストの持続的な上昇は、借金による消費を前提にした消費拡大経済が限界を迎えつつあることの兆候である可能性が高い。

個人に例えれば、これまでのアメリカとは、それなりの収入を得ているが、収入以上に支出をするのが大好きな派手で見え張りの人物であったと見なすことができる。家族を大事にし、仕事もきちんとこなす一方で、お金に困った人がいれば気前よくお金をあげたり貸したりしてあげる。買い物や旅行が大好きで、自動車ローンを最大限活用して大型のSUVを買ったり、クレジットカードのリボルビング限度額いっぱいショッピングをしたりする。

しかし、最近は長年の借金生活が限界に達してきて、資金繰りがいよいよ回らなくなってきてしまった。困った人にお金を貸してあげようにも、貸してあげるだけのお金がなくなってしまい、借りてくることも難しい。

フルブライト奨学金を含むアメリカの奨学金プログラムの停止が今後解除されるかどうかはわからない。ただ言えることは、仮に解除・再開されるにしても、気前がよかった前の頃とは利用条件などが大きく変わっている可能性があることだ。「やたら親切で、消費大好きな気前のよいアメリカ人」は、もはやどこかへ姿を消してしまったようだ。

参考文献

https://woub.org/2025/03/07/fulbright-scholars-feel-stranded-trump-administration-suspends-funding
https://apnews.com/article/fulbright-scholars-stipends-frozen-indefinitely-9da042b5e0bda70fb1c76105564c71f4
https://www.fulbright.jp/scholarship/about.html
https:// www.nyseikatsu.com/ny-news/03/2025/43298/
https://fiscaldata.treasury.gov/americas-finance-guide/national-debt/
https://moneywise.com/investing/musk-says-america-will-be-toast#:~:text=%E2%80%9CThe%20country%20is%20going%20bankrupt,currently%20stands%20at%20%2436.22%20trillion

WRITING BY

前田 健二

経営コンサルタント・ライター

事業再生・アメリカ市場進出のコンサルティングを提供する一方、経済・ビジネス関連のライターとして活動している。特にアメリカのビジネス事情に詳しい。

sidebar-banner-umwelt

  

注目の関連記事