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アメリカAI業界に激震か?中国製AI「DeepSeek」登場のインパクト
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目次
GAFAM(Google, Amazon, Facebook, Apple, Microsoft)を含むアメリカを代表するハイテク企業が群雄割拠するアメリカのAI業界に中国製AIの「DeepSeek」が突如現れ、大騒動を起こしている。
莫大な研究開発費を投じて構築された世界最先端のAIのひとつとされるOpenaAIのChatGPTに相当する能力を持ち、しかもはるかに低コストで開発されたというDeepSeekとは一体どのようなAIで、アメリカのAI業界にどのようなインパクトを与える可能性があるのか。直近の情報をまとめ、ポイントを整理してみた。
突如現れた中国製AI「DeepSeek」、米ハイテク株が下落
現地時間の2025年1月27日月曜日、アメリカの株式市場が激震に見舞われた。アメリカを代表するハイテク企業が多く上場しているNASDAQの株価が全体平均で3.1%下落、中でも大手半導体メーカーのNVidiaの株価が17%も下落し、一企業が一日で失った時価総額の歴代記録を塗り替える結果となった。
別のアメリカの半導体メーカーのブロードコムの株価も17.4%下落し、「関連業界」の雄・Googleが4.2%、マイクロソフトが2.1%、それぞれ値下がりした。半導体メーカーなどで構成される株価指数のフィラデルフィア半導体インデックスは9.2%も値を下げ、2020年3月以来の「大暴落」を裏付けるかたちとなった。
米ハイテク企業、とりわけ「AI関連半導体メーカー」の株価が値を下げた原因は明白だ。中国製AI「DeepSeek」のセンセーショナルな登場だ。「DeepSeek」は、AppleのアプリダウンロードサイトApple Storeに登場するやたちまち大人気となり、「無料アプリ」のセクションではダントツの一位を獲得した。同じくApple Storeの「無料アプリ」で提供されているOpenAIのChatGPTをはるかに超えるダウンロード数をわずか数日で獲得したというのだから、状況は尋常ではなかっただろう。
性能はGAFAM製AIと互角かそれ以上?
DeepSeekは、2023年5月に中国浙江省杭州で設立されたスタートアップ企業だ。そして、DeepSeekでAIの開発を率いてきたのが同社CEOの梁文峰(リャン・ウェンフォン、Liang Wenfeng)氏だ。梁文峰氏は広東省湛江市生まれの40歳で、浙江大学の入試にトップの成績で合格したという「数学の天才」とされる人物だ。多くの中国人IT人材のように欧米の大学への留学経験がなく、中国国内でスキルを磨いてきた純粋な中国生まれの中国育ちのAI専門家だ。
梁文峰氏らが開発したAIモデル「DeepSeek-V3」は、代表的なライバル企業のOpenAIのGPT-4oと互角かそれ以上の性能を持つとされている。DeepSeek-V3もGPT-4oも、いずれもLLM(Large Language Model)と呼ばれるAIモデルだが、どちらもAIに学習させるために膨大なコスト、時間、労力などのインプットが要求される。ちなみにGPT-4oは、LLMの学習に2023年の一年間で1億ドル(約155億円)ものコストを要したとされている。一方DeepSeek-V3は、同程度の学習をわずか600万ドル(約9億3000万円)という、「まるでジョークのようなコスト」で行えたというのだ。
「価格破壊」が「DeepSeek」登場の最大のインパクト
アメリカのAI産業における「DeepSeek」登場の最大のインパクトは「価格破壊」だ。上述の通り、DeepSeek-V3の学習コストは、競合するOpenAIのGPT-4oのそれを大幅に下回っている。大幅どころか、桁違いの安さとなっている。学習コストを含む開発コストの安さは、そのまま消費者が最終的に負担する価格に反映され、OpenAIの有料プランが現在月額20ドル(約3100円)であるのに対し、DeepSeekは無料で提供されている。
また、AIの開発には膨大な電力が必要とされており、実際にOpenAIやGAFAMなどのハイテク企業は、相当のコストを電力に支払っているとされている。しかし、DeepSeekによると、DeepSeekのAIモデル開発は、GAFAMが主導している電力大量消費型開発モデルである「シリコンバレーモデル」のような大量の電力を必要とせず、その約十分の一の電力で開発が可能であるとしている。
学習コストやエネルギーコストが安く、総じて開発コストと販売価格が「激安」のDeepSeekのAIモデルは、これまで常識とされてきたシリコンバレーモデルの成立基盤を吹き飛ばす可能性を秘めている。DeepSeekが主張しているAIの性能とコスト面での優位性が事実であるとすれば、GAFAMを筆頭とするアメリカのAI産業の代表的プレーヤーは、軒並み大影響を受けることになるだろう。
アメリカのAI開発競争での優位性はどうなる?「DeepSeek」に死角はあるのか
ところで、DeepSeekが主張している自社AIの性能とコスト面での優位性は、本当に事実なのだろうか。
アメリカのハイテク関連企業の株価が総崩れした1月27日月曜日の週に、ロイターがDeepSeekのAIの性能に疑問を投げかける記事を発表した。それによると、アメリカの信頼性評価機関ニュースガードが行った検証テストによると、DeepSeekのAIのニュースなどの情報に関する正答率はわずか17%しかなく、競合しているOpenAIのChat-GPTなどよりも性能が著しく下回っていることがわかった。GoogleのGeminiなどを含めた主要AIモデルの性能ランキングでもDeepSeekのAIは11モデル中10位と低く、ChatGPTと同等かそれ以上の性能を有するとしているDeepSeekIの主張に疑問を呈するかたちとなった。
同記事はまた、DeepSeekのAIがニュースや政治に関する問いかけに対して中国または中国政府の立場を代弁する見解を呈するケースが多く、偏りが見られるとも報じている。中国生まれの中国育ちのAIであるがゆえの政治的制約があることは疑うまでもない。しかし言論の自由が保証されている民主主義各国において、ChatGPTなどと同様または同程度に活用できるかについては、回答のクレデビリティなども含めて、今後さらなる実務的見地からの検証が必要だろう。
DeepSeekのAIは、今のところは「頭の回転が速くて多くのことについてよく知っているが、政治的に完全に中国寄りの中国製AI」であると筆者は評価せざるを得ない。
気になる日本への影響
いずれにせよ、DeepSeekのAIの登場により、米中間での「AI覇権争い」が今後さらに激化してゆくことは間違いないだろう。そして、その影響は、日本にも及ぶことになるのも間違いない。
DeepSeekを含めたAIの開発においては、GPUと呼ばれる大量のプロセッサが必要になるとされる。GAFAMが開発中のAIも、NVidiaなどが開発した最先端のGPUを使い、AIモデルに学習をさせている。同様に、DeepSeekもNVidiaのGPUなどを使い、AIモデルに学習させたと見られている。なお、NVidiaの大半のGPUは現在、中国向け輸出が全面的に禁止されている。しかし、DeepSeekはシンガポールなどの第三国を経由させるなどしてNVidia製GPUを入手し、AI開発に活用していると見られる。
前回の記事で、第二次トランプ政権のAI戦略の影響により、日本はアメリカから「アメリカのリーダーシップ確保と維持への協力」と「対中国戦略における同盟国としての相応の負担」を明確に強く求められてくると書いた。今回のDeepSeek騒動は、米中AI覇権競争の具体的な局地戦のひとつに過ぎないと筆者は考える。GPUなどを含めた戦略物資の輸出規制などを含めた、包括的な対中国戦略の策定と実施が求められているのは、あらためて言うまでもないだろう。
参考文献
https://www.reuters.com/technology/chinas-deepseek-sets-off-ai-market-rout-2025-01-27/
https://www.newsweek.com/deepseek-ai-china-overtakes-chatgpt-2021147
https://www.theguardian.com/commentisfree/2025/jan/28/deepseek-r1-ai-world-chinese-chatbot-tech-world-western
https://jp.reuters.com/world/us/5AMXXTZ4TZJYVN6YGRDCOUKSSA-2025-01-29/
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前田 健二
経営コンサルタント・ライター
事業再生・アメリカ市場進出のコンサルティングを提供する一方、経済・ビジネス関連のライターとして活動している。特にアメリカのビジネス事情に詳しい。