CULTURE

人間の存在がより良い地球をつくる。世界で進む「リジェネラティブ」な取り組み

Female hands touching soil on the field at sunset. Agriculture, organic gardening, planting or ecology concept.

私たち人間は、地球の環境を破壊する最も恐ろしい存在であり続けるのだろうか。

言うまでもなく、産業革命以降、大気汚染や森林伐採、生態系の喪失など、数えればきりがないほど、環境問題の根源には人間の活動が関わっている。

経済発展を優先し、自然を搾取し続けた結果、地球は危機に瀕している。世界気象機関(WMO)は、2024年の地球の平均気温が産業革命以前よりも1.55度高く、観測史上最も暑い年だったと発表した(※1)。

人間の営みは、常に環境破壊の張本人として槍玉に挙げられるが、人間が持つ力は「破壊」だけではないはずだ。私たちには、環境を回復し、再生させる力「リジェネラティブ(Regenerative)」もある。

今回は、サステナビリティの一歩先を行く「リジェネラティブ」の可能性やその事例について考察しながら、私たちが次に進むべき方向を探っていこう。

リジェネラティブとは「失われた自然を再生させる」

リジェネラティブとは、「再生させる」「再生的な」という意味で、環境問題においては、土地やシステムを改善し、損なわれた地球環境を再生させるという文脈で用いられる。

近年では、土壌の修復や改善を行いながら、気候変動対策にもつながる「リジェネラティブ農業」や、再生可能エネルギーや二酸化炭素の吸収などの技術を取り入れ、すべての生物によりよい状態を生み出し生態系と調和する「リジェネラティブ・デザイン」などで取り上げられることが増えてきた。

私たちは現在、気候変動や環境汚染などを語る中で、「環境をどう守るのか」という視点に立って物事を考えることが多い。例えば、プラスチック汚染を食い止めるためにプラスチックの再利用を促進したり、二酸化炭素の排出が多い火力発電から再生可能エネルギーに切り替えたりするなど、持続可能な形で発展することを目的とした選択肢が一般的だ。

一方で、リジェネラティブは、「環境を壊さない」という立場に加えて、既に失われた自然を回復させるという考えを含む。環境負荷を減らすだけでなく、自然を再生し、地球の健全なバランスを取り戻すアプローチがいま必要と考えられているからだ。

サステナビリティは「持続」、リジェネラティブは「再生と進化」

Young soybean plants thrive in a vibrant green field, basking in sunlight. This healthy growth indicates the beginning of the planting season, showcasing the potential for a fruitful harvest.

リジェネラティブとよく比較されるのが、「サステナビリティ」だ。

サステナビリティとは「持続可能性」を意味し、環境への悪影響を最小限に抑えながら、社会や経済が持続的に発展できることを目的としている。2050年までに二酸化炭素排出量を実質ゼロ(カーボンニュートラル)にするという世界的な目標は、この考え方に基づいている。

しかし、気候変動や生態系の破壊が進む中で、いまある自然を守るだけでは根本的な解決にはならないことは、さまざまな分野の専門家や国際機関、環境団体によって指摘されている。すでに失われた森林や汚染された土壌、減少し続ける生態系を回復させることなしに、持続可能な未来を実現するのは困難だ。

リジェネラティブは、持続可能な状態を維持するのではなく、失われた生態系や社会システムを再生し、より豊かで発展的な未来へと導くアプローチだといえる。

守りから再生へ——「リジェネラティブ」の最前線

Male Farmer is Holding a Digital Tablet in a Farm Field. Smart Farming

リジェネラティブな取り組みは、世界各国で広がっている。今回は3つの事例を通して、その最前線を探っていこう。

砂漠をゴミで緑化

京都大学アジア・アフリカ地域研究研究科の大山修一教授らの研究チームは、西アフリカのニジェールにおいて、砂漠化が深刻なサヘル地帯の緑化に取り組んでいる(※2)。

この地域では、飢餓や砂漠化、都市部のゴミ問題、頻発する紛争やテロなど、複数の問題が相互に絡み合っている。また、気候変動や土地の過剰利用による砂漠化によって、農耕民と牧畜民の間で資源を巡る対立も激化している。

大山教授は、農村地域では土壌の有機物が減少して土地が痩せ、生産性の低下や砂漠化が引き起こされる一方で、都市部では、有機物がゴミとして蓄積し、不衛生な環境が住民の生活を脅かしていることに着目した(※3)。さまざまな課題を統合的に解決するため、都市にあふれる「有機ゴミ」を活用して砂漠を緑化するプロジェクトを推進している。

有機ゴミを堆肥として砂漠にまくことで土壌改良を行い、砂漠化した地域を蘇らせ、農地や牧草地を再生させる。それにより、資源を巡る対立の緩和を目指す。さらには平和の構築にも寄与することも期待されている。

阿蘇の野焼き

熊本県阿蘇地域で縄文時代から続けられてきた「阿蘇の野焼き」は、リジェネラティブな側面を持つ取り組みとして再評価されている。

風が吹くたびに草が優雅に揺れ、太陽の光を浴びて白く輝く緑が一面に広がる草原。放牧された牛や馬が穏やかに過ごす風景は、阿蘇を象徴する景観のひとつだ。

野焼きは、もともと草原を管理するための伝統的な手法として受け継がれてきた。草原は人の手が加えられず放置されると森林化が進み、多様な動植物が生息する環境が失われてしまう。そこで、春先に野焼きを行うことで新たな芽吹きを促し、草原の再生を支えている。

野焼きが果たす役割は多岐にわたる。例えば、外来種の侵入を防ぎ、在来植物が成長しやすい環境を整えるほか、害虫の繁殖を抑え、栄養豊富な牧草の育成を促すことで、放牧される馬や牛が健全に育つ環境の維持にもつながっている。

野焼きは枯れ草を燃やすため、一見すると環境に悪影響を及ぼすように思われがちだ。しかし、実際には「炭素固定化(カーボン・シンク)」として大きな役割を担っている。

炭素固定化とは、植物が大気中の二酸化炭素を吸収し、自らの成長に利用することで、炭素を土壌やバイオマスとして貯蔵する仕組みのこと。放置された草原では植物が過密になり、十分な光が行き渡らず成長が抑制されるが野焼きを行うことで新しい植物が生えやすくなる。その活発な成長の過程で大量の二酸化炭素を吸収し、根や土壌に炭素を蓄える。

環境省によると、阿蘇の野焼きでは、阿蘇市の全家庭が排出する二酸化炭素の1.7倍の炭素が毎年固定されているという(※4)。

ゼロ・バジェット・ナチュラル・ファーミング(ZBNF)

世界で最も多い人口を抱えるインドで生まれたリジェネラティブ農法、「ゼロ・バジェット・ナチュラル・ファーミング(ZBNF)」は、自然農業の活動家サブハッシュ・パレカール氏によって提唱された。農薬や化学肥料を一切使用せず、自然の仕組みを生かしながらコストをかけずに行える農法として注目を集めている。

ZBNFの大きな特徴は、「ポリカルチャー」と呼ばれる自然界の生態系を模倣した栽培方法を採用している点にある。短期作物と長期作物(主作物)を組み合わせた複合栽培を基本とし、単一作物のみを栽培するのではなく、「コンパニオンプランツ」と呼ばれる相互補完的な関係を持つ作物を同時に育てる。これにより、化学肥料を使わなくても土壌の栄養バランスが自然に維持され、作物が豊かに実る。

この考え方は、パーマカルチャーの「フォレスト・ガーデン」にも通じる。自然の森では、農薬や化学肥料を使わずとも、植物同士が助け合いながら健全に成長する。パレカール氏は、農地でこのような現象が見られない理由として、化学肥料や農薬の使用によって微生物が破壊されていること、さらに土壌を頻繁に掘り返す農法が微生物にとって有害であることを指摘している(※5)。

土壌を再生させるための“材料”として、パレカール氏はインドで手に入りやすい牛の糞と尿に着目した。豊富な微生物を含む牛の糞と尿を土壌に混ぜることで、土地を豊かに再生させる。

インドのモディ首相も「自然農法から最も恩恵を受けるのは国内の農民の約80%」(※6)と述べ、インド全土への普及を呼びかけている。しかし、従来の農法と比べると収穫量の面で課題が残るとの指摘もある。人口爆発や食糧危機、貧富の差の拡大など、さまざまな問題を抱えるインドがリジェネラティブ農法をどのように推進していくのか、今後も注視する必要がある。

未来を創ることが人間の存在意義

Rice fields on terraced of Mu Cang Chai, YenBai, Rice fields prepare the harvest at Northwest Vietnam.Vietnam landscapes.

人間の活動によって環境が脅かされてきたことは、変えようのない事実である。しかし、これまで見てきたように、私たちは自然を修復し、再生する力も確実に持ち合わせている。

つまり、人間は未来を選び、創造できる存在なのではないだろうか。だからこそ、目の前の現実から目をそらさず、未来に向けて希望を選ぶ責任がある。

リジェネラティブなアプローチは、環境や社会にとってより良い未来を築く可能性を秘めているものの、経済性や規模の拡大、教育者の不足といった課題にも直面している。今後は、科学的エビデンスの蓄積、持続可能な収益モデルの構築、制度的な支援が重要な鍵となるだろう。

参考文献

※1 WMO confirms 2024 as warmest year on record at about 1.55°C above pre-industrial level|WMO
https://wmo.int/media/news/wmo-confirms-2024-warmest-year-record-about-155degc-above-pre-industrial-level
※2 大山修一 2007.ニジェール共和国における都市の生ゴミを利用した砂漠化防止対策と人間の安全保障:現地調査にもとづく地域貢献への模索.『アフリカ研究』71: 85-99.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/africa1964/2007/71/2007_85/_article/-char/ja/
※3 餓えと争いをなくすため、砂漠をゴミで緑化する。「アフリカの人道危機を解決する実践平和学」
https://note.com/kyotou_research/n/n6fd2e7a92f26
※4 阿蘇の草原を守る|環境省
https://www.env.go.jp/park/aso/%28%E8%BB%BD%E9%87%8F%E7%89%88%EF%BC%892022_03_AK_GrassLand-JP_A4_All.pdf
※5 Subhash Palekar|Vishwa Manavata Samastha
https:// manavata.org/palekar/
※6 Zero Budget Natural Farming|Government of india
https://pib.gov.in/FactsheetDetails.aspx?Id=148598&reg=3&lang=1

WRITING BY

Ayaka Toba

編集者・ライター

新聞記者、雑誌編集者を経て、フリーの編集者・ライターとして活動。北欧の持続可能性を学ぶため、デンマークのフォルケホイスコーレに留学し、タイでPermaculture Design Certificateを取得。サステナブルな生き方や気候変動に関するトピックスに強い関心がある。

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