SCIENCE

時を超えたピラミッドを”透視”するー最新科学で迫る古代エジプトー

The River Nile has always and continues to be a lifeline for Egypt. Trade, communication, agriculture, water and now tourism provide the essential ingredients of life - from the Upper Nile and its cataracts, along its fertile banks to the Lower Nile and Delta. In many ways life has not changed for centuries, with transport often relying on the camel on land and felucca on the river

エジプトのピラミッドは、約4500年前に建造された古代世界最大の石造建築である。エジプト王朝における最初の時代に作られた王墓は、地上に降り注ぐ太陽光を模したようなその神秘的な姿と圧倒される大きさに、これまで様々な探検家や研究者が魅了されてきた。また、どのように建造されたのか、未知の空間が残されているのではないかなど、未だに多くの謎が残されている。

ここでは、エジプトに魅せられた人々の意思を継ぎ、現代のエクスプローラーたちが最新の科学を用いて明らかにしつつあるピラミッド研究の最前線に迫りたい。

ヘロドトスは巨石を仰ぎ見た

紀元前484年頃に生まれたヘロドトスは、自らエジプトを旅し、エジプトの文化や風俗をはじめ、ピラミッドについても『歴史』に書き記している。

『歴史』は歴史的正確性に関しては疑問があるが、ギザを訪れた際に「彼の死後はその弟ケプレン(カフラー)が王位を継いだという。この王も万事先王と同じ流儀を通した人物で、ピラミッドも造ったが、その規模はケプオス(クフ)のものには及ばなかった。このことは私自身計測したのであるから間違いはない」(『歴史(上)』、290p)と記しているように、最低でもクフ王とカフラー王のピラミッドをヘロドトス自ら計測したことが伺える。アテナイから砂漠の地に降り立ったヘロドトスの目にも、巨大なピラミッドは大いなる探求心をもたらしたに違いない。

ヘロドトスから時を経て18世紀末、ナポレオンがエジプトの地を踏んだ。フランスのエジプト遠征の目的は軍事的な制圧の他に、学者と画家160人以上が同行するという研究調査の側面もあった。彼ら「エジプト科学芸術委員会」が築いた素地は、その後の「Egyptology(エジプト学)」誕生に繋がってゆく。特に遠征軍がアレクサンドリア近郊でロゼッタストーンと呼ばれるようになる文字が刻まれた石板を発見し、後にシャンポリオンらがヒエログリフ解読に至ったことは、その後古代エジプト文明の多くの謎を解き明かすことに繋がった。

イタリアのジョヴァンニ・ベルツォーニは身長2メートルの大男で、旅回りのサーカスで怪力の見世物を行っていたが、1812年に自身が開発した灌漑用機械を売り込むためエジプトに渡った。そこで知り合ったイギリス領事に雇われ、7トン以上あるラメセス2世の巨大胸像を運び出し、イギリスへの輸送に成功。古代エジプト文明に関わる仕事を始めることになった。

ベルツォーニはその後アブ・シンベル神殿へ繋がる入口の砂を取り除き、王家の谷のセティ一世の墓を掘り起こすなど、偉業を数多く成し遂げている。ただし当時の発掘とは略奪を含むものであり、発見された考古遺物は取り出され売り払われた。インディ・ジョーンズのモデルとなったと言われている通り、冒険家・収集家と呼ぶのが正しいだろう。

またベルツォーニはカフラー王のピラミッドに近代で初めて入った人物でもある。残念ながら既に埋葬室は空であったが、その発見を記念してベルツォーニが残した “Scoperts da G. Belzoni. 2. Mar. 1818”という壁面のサインを、今日でも見ることができる。

Interior of the burial chamber of Khafre inside the Great Pyramid of Khafre opened by explorer Belzoni in 1818 with his graffiti on the wall of the chamber in giza plateau near Cairo,Egypt

ベルツォーニ以降も、ツタンカーメン王墓を見つけた考古学者ハワード・カーターや、後述するピラミッドを科学の力で透視した物理学者ルイス・ウォルター・アルヴァレス、ピラミッド建造労働者たちの都市を発見した考古学者マーク・レーナーなど、偉大な探究者たちがエジプトの大地を踏み、その謎に挑んできた。

そして最新のエジプト探究は、従来の考古学的アプローチから更に飛躍を遂げ、科学的手法も用いてピラミッドの謎に挑む研究者たちが現れている。

クフ王のピラミッドに登る探検者

Woman Tourist Exploring Kheops Pyramid Exterior.

ナショナル ジオグラフィックの「エマージング・エクスプローラー」に選出された考古学者で、名古屋大学高等研究院河江肖剰准教授は、“ピラミッドの建造方法”という未だ正確な答えの出ない謎に、ピラミッドを3D計測するという新しい視点から挑んでいる。

古王国時代に建造された巨大なピラミッド群は、これまでパピルス文書などの資料や内部構造の調査などから様々な形で検証が行われてきた。しかしピラミッド建造仮説の根拠となる調査はごくわずかしか行われておらず、また古王国時代のピラミッドは建造技術が高く内部を伺えるような崩壊部が殆ど無いことから組積造を調査することが難しかった。今日に至るまで、“どう建てられたのか”ということは未だはっきり分かっていない。

そこで河江氏とそのチームはこの謎に挑むべく、ピラミッドの計測から3D形状データを生成し研究を行っている。

“誰がどうピラミッドを建てたのか”という視点と測量という手法では、世界的なエジプト考古学者であるマーク・レーナー氏の学際的考古学調査が著名だろう。レーナー氏はピラミッド建造に多大な労働力が必要であったという点に改めて着目し、ギザ台地全体を実測し、地形的観察などから大ピラミッド建造に関わった人々の活動拠点都市、 “Lost city (「ピラミッド・タウン」)” を発見している。

レーナー氏のもとで発掘調査に従事した河江氏は、同じく実証可能な手法によって、ピラミッドの謎解明に取り組んでいる。

河江氏の研究で最も注目されているのが、ギザの三大ピラミッドだろう。これらピラミッドにはそれぞれ僅かに内部組構造が露出している場所があり、計測データが構築できれば、建造方法や組組織構造の過去の仮説と比較することができる。

2013年には河江氏がクフ王のピラミッドに登りTBS「世界ふしぎ発見」の撮影に同行、北東角にある窪みと内部に続く割れ目から確認できる“洞窟”と呼ばれている空間の調査が行われた。撮影された映像データを3万枚の画像に分割し、そこから取り出した300枚から3Dモデルを生成した。組構造が立面画像データとなったことで、これまで考えられていた組構造のどれとも違う方法で石が積まれていることが明らかになった。

2015年には、3Dモデルデータ再検証とクフ王のピラミッド頂上部から内部組構造を調査するため、河江氏が2度目の登頂を果たしている。頂上部は202段以降が失われているため、真上から内部組構造が確認できる。頂上部を画像と映像で記録し、またドローンを用いた撮影も行い、それらを統合して3Dデータを生成した。また登頂の際に1段目から202段まですべての測量も行っている。

ピラミッドは石積みのゴツゴツとしたイメージが定着しているが、もともとは全体が化粧石で覆われ真っ白く輝いていたということはあまり知られていない。現在ピラミッド外部の大部分に露出しているのは化粧石と内部の石を支える役割を果たしていたとも言われている「裏張り石」であるが、河江氏の3Dデータを元にすれば裏張り石の機能や化粧石との関わりなど、建造技術の知見が更に明らかになりうるだろう。またこうした技術はピラミッドのみならず、損傷した文化遺産や遺物の修復や保存にも応用されてゆくかもしれない。

その王墓にも宇宙線が飛び交った

名古屋大学大学院理学研究科の森島邦博准教授らの研究グループは、約4500年前に建造されたエジプト最大のクフ王のピラミッドの中心部に、これまでに発見されていない未知の巨大な空間を発見した。ザヒ・ハワス博士が「これこそ世紀の大発見だ!」とピラミッドを背に興奮する様子がセンセーショナルに報道され、世界中が騒然となった。ピラミッド内部で新たな空間が見つかったのは実に186年ぶりのことだったという。

森島氏の発見の最も特徴的な部分は、宇宙線ミューオンの観測により非破壊のままピラミッド内部の未知空間を発見したことである。また彼自身が考古学に携わったことのなかった物理学者であったことも特異な点である。

近年エジプト考古省などの運営で「Scan Pyramids」というプロジェクトが推進されている。これはピラミッドを世界最先端の科学的なアプローチで非破壊に調査し文理領域横断的に解明することを目指しており、森島氏らのグループもこのプロジェクトを通して解析に参加していた。

彼らのグループが取り組んだのは、宇宙から降り注ぐ素粒子「ミューオン」を使って画像観測を行う方法である。

ミューオンでのピラミッド観測は、実は1965年にノーベル物理学賞受賞者のルイス・ウォルター・アルヴァレスによって行われている。アルヴァレスはマンハッタン計画への参加や、恐竜の地球外要因(隕石衝突等)絶滅説の提唱などでも知られているが、宇宙線研究にも精通していた。

アルヴァレスはカフラー王のピラミッドにミューオン観測装置を設置、2年間の観測をもとに未知の空間の探索を行った。結果として新空間が発見されることはなかったが、森島氏はこのアイディアに影響を受け、宇宙線による福島原発の原子炉透視などに注目していったという。

ミューオンは厚さ1kmの岩盤をも通り抜ける素粒子で、X線よりはるかに高い透過性を持つ。この性質を利用すればピラミッドのような巨大な構造物でもミューオンの軌跡を記録することで内部構造を把握することが可能であった。

クフ王のピラミッドのミューオンの記録には原子核乾板という特殊な写真フィルムが用いられた。古くから放射線や宇宙線研究に用いられたフィルムで、電荷を持つ素粒子の軌跡を正確かつ立体的に記録できる。だが撮影毎に100万以上の飛跡を人の目で確認するという使いづらさから、最先端の素粒子研究では加速器が主流となっていた。

しかし名古屋大学のグループが長年の技術改良により原子核乾板の超高速自動読み取り機を開発、再び最先端の検出器として復活させた。原子核乾板は薄く軽量で電源を必要としない。持ち運びでき、ピラミッドの入り組んだ通路などへも設置が容易にできた。

ミューオンは常に地上に降り注いでおりエネルギーが高いほど透過能力が高い。この特徴を利用し、内部の石や空間を通過してくるミューオンの飛来方向分布を計測した。測定したミューオンの濃淡は内部構造を反映しており、より多くミューオンが透過し濃く検出された場合は空間がある可能性を示し、逆にあまり検出されない場合、分厚い岩などが密集していることを示す。

森島氏のグループは、2016年からピラミッド内の「下降通路」に原子核乾板を3枚設置し、67日間の観測を行った。その結果、シェブロンと呼ばれるピラミッド表面に露出している特徴的な石組み構造(切妻構造)の背後に、ミューオン透過濃度の高い未知の空間の存在が示された。

その後、ファイバースコープを使った未知の空間内部の撮影がNHKの協力によって行われ、ザヒ・ハワス氏やマーク・レーナー氏などエジプト考古学の第一人者たちが撮影に立ち会い、この世紀の瞬間を見守った。

ファイバースコープはシェブロンの岩一枚隔てた後ろに、約縦横2メートル、奥行き9メートルという空間をはっきりと映し出した。世界中の考古学者が追い求めて調査し続けていた新発見は、ピラミッド表面から80センチ奥に、4500年前のまま実在していたのだ。

この世紀の新発見は、考古学で最大の謎の一つとされるピラミッド建造と内部構造の謎に大きな一歩をもたらしたと言える。

Giza, Egypt - July 18, 2016: The entrance to Pyramid of Khufu (aka the Great Pyramid of Giza or Pyramid of Cheops), a marvel of ancient engineering.

過去には1830年代にR.W.H.ヴァイスによる 、”gunpowder archaeology”と呼ばれたダイナマイトでピラミッドを吹き飛ばし内部空間を発見する方法などが採られたこともあった。発掘が破壊と隣り合わせだった時代から徐々に手法が進化し、ついに宇宙線ラジオグラフィという完全非破壊での内部空間スキャニングが可能になったことで、今後様々な考古学遺跡調査や空洞調査などへの応用が期待される。ピラミッド研究のみならず多分野への大きな波及効果が得られるだろう。

人間の根幹にふれる

Archaeological complex of the Great Egyptian Pyramids is located on the Giza plateau. Pyramids of Chephren Khafra in the night light at sunset. sun sets behind the pyramid.

森島氏らはクフ王のピラミッド大回廊周辺にも、更なる未知空間を発見している。

断面の大きさも大回廊に匹敵するものであるとされ、シェブロン裏の空間より遥かに大きく、詳細が明らかになればエジプト考古学に更なる飛躍をもたらすのは間違いない。現在ピラミッド内部の大回廊で観測データを蓄積し、内部の詳細な構造を特定する計画が進んでいる。

太陽の記憶と王たちの夢、そこで生きた人々の手触りが刻まれたピラミッドは、先人たち、そして現代の我々も未だ魅了してやまない。
ベルツォーニが初めてカフラー王の埋葬室に辿りつき、カーターがツタンカーメン王の石棺に触れた時、彼らの興奮は筆舌に尽くしがたいものだっただろう。

Webナショナルジオグラフィックの河江氏による連載『新たなピラミッド像を追って』第3回に印象深い言葉がある。

「そのとき、ふと、この現場のことを知っている人間は世界中で自分しかいないということに気がついた。それは単に古代の建物の一部に過ぎなかったが、今、世界で、ただ自分だけがこの未知なるものを知っている。自分一人だけが、その未知であるものを知ろうとしていると感じた。この『自分が』という感覚は途方もないエゴイズムだが、なにか同時にとても大切な、人間であることの根幹のひとつであるようにも思えた」

河江氏がひとりピラミッド・タウンの遺跡で感じたこの感慨こそ、研究者たちを突き動かす源泉であり、わたしたちが古代エジプトへ憧憬を抱き続ける核心なのかもしれない。

考古学に今日の最先端技術が更に取り入れられれば、これまで砂の中で静謐に横たわってきた様々な真実がまた明るみになるだろう。エジプトはまた、新しい発見の時代を迎えようとしている。

*本記事は、第二章「クフ王のピラミッドに登る探検者」にも取り上げさせていただいた考古学者で名古屋大学高等研究院 河江肖剰准教授、及び名古屋大学国際広報室副室長 南崎梓様にご監修いただきました。深く感謝いたします。

参考資料

ヘロドトス『歴史(上)』(松平千秋 訳)岩波書店

Strathern, P. Napoleon in Egypt: ‘The Greatest Glory’. (2008).

Belzoni, G.B. Voyages en Egypte et en Nubie, (1940).

Alvarez, L.W., Search for Hidden Chambers in the Pyramids, Science 167, 832 (1970).

Cornard, N.J., Lehner, M., The 1988/1989 Excavation of Petrie’s “Workmen’s Barracks” at Giza, Article in Journal of the American Research Center in Egypt 38 (2001).

Lehner, M. The Pyramid Age Settlement of the Southern Mount at Giza. Journal of the American Research Center in Egypt 39 (2002).

Hawass, Z. The Treasures of The Pyramid.

Yukinori, K. et al. 3D Reconstruction of the “Cave” of the Great Pyramid from Video Footage. Digital Heritage International Congress, (2013).

河江肖剰, ギザのピラミッドにおけるドローンによる3D計測調査, 国際交通安全学会誌 44(2) 113-123 2019年.

河江肖剰, ギザのピラミッド群の3D計測, 精密工学会誌 88(8) 606-609 2022年.

河江肖剰(2016)『河江肖剰の最新ピラミッド入門』日経ナショナルジオグラフィック社

河江肖剰(2015)『ピラミッド 最新科学で古代遺跡の謎を解く』新潮社

Morishima, K. et al. Discovery of a big void in khufu’s pyramid by observation of cosmic-ray muons. Naturen 552, 386–390 (2017).

Procureur, S. et al. Precise characterization of a corridor-shaped structure in Khufu’s Pyramid by observation of cosmic-ray muons. Nature Communications 14, (2023).

森島邦博, 北川暢子, 宇宙線ミューオンイメージングによるクフ王ピラミッド内部の新空間の発見, 高エネルギーニュース 42(4) 2024年3.

R. W. H. Vyse. Operations Carried on at the Pyramid of Gizeh in 1837. 1. J. Fraser, London (1840).

河江肖剰 (2015) Webナショナルジオグラフィック『新たなピラミッド像を追って』「第3回情熱あふれる発掘のプロたち」https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/web/15/072200015/100600003/?P=4

WRITING BY

伊藤 甘露

ライター

人間、哲学、宗教、文化人類学、芸術、自然科学を探索する者

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