TECHNOLOGY

医師たちとAIと、機械学習と患者へのエンパシー

Male doctor in surgical clothes looking at vertebral mri scan headshot

アニメに登場するマシュマロのようなケアロボット「ベイマックス」は、AIこそ搭載されてはいないものの1万通りもの医療データのカードが取り込まれている。データベースを元にレーダーでスキャンした人物の心拍数や脳波等を瞬時に分析でき、ストレスレベルまで検知できる。

また米Virtual Incisionが開発した手術用ロボット「MIRA」が、1月30日に国際宇宙ステーションに打ち上げられるが、2本の制御可能な腕を持ち、将来地上の医師とコミュニケーションを取りながら遠隔で宇宙飛行士に医療処置を施すために開発された。機能に特化した医療ケアテクノロジーは、映画「インターステラー」に登場するモノリスのような見た目を持つ愉快なAIクルー“TARS”を思い起こさせる。

こうしたSF的医療AIやテクノロジーは、今夢物語ではなくなってきている。

AI研究が人類史上かつてないスピードで進む今、さまざまな医療分野でもAIの開発・導入が進んでいる。まるで映画のようなテクノロジーが次々と実現している中、がんの早期発見、病の予測や予防医療、新薬開発が更に進めば、より多くの人が長く健康に生きられる社会が到来するかもしれない。私たちのライフパスを大きく変えるかもしれない、最先端AIの現状を探ってみよう。

AIには視える病巣がある

Doctors talk to cancer patient in a hospital counseling room about the progression of her disease. They look CT scans, echoes and MRI images. They talk in depth about the treatment plan and the future.

2023年、300枚の画像をAIに学習させ、実際の内視鏡画像から早期胃がんを検出できるシステムが実証された。

早期の胃がんは形態変化に乏しく胃炎などとの区別が難しく、また病変境界が不明瞭で、浸潤範囲を正しく判断することも難しい場合があるが、AI画像診断が検査に用いられるらようになれば、早期発見に大いに役立つようになるだろう。胃がんに限らず、AIの参入により、がんと人間の長年の戦いに大きな変革がもたらされるかもしれない。

日本では既に大腸内視鏡AIなど、消化器内視鏡分野でAIが補助診断装置としてソフトウェアの中に組み込まれ、製品化され病院で活用されている。

これらは大量の症例画像をAIに読み込ませ学習させるディープラーニングを用いており、MRIやレントゲンでの診断に関しても同じ方法でAIが実用化されている。AIを用いた画像診断補助が保険適用されるようになり、これから更なる発展が大きく期待されている。

AIが搭載された大腸内視鏡では、病変の可能性がある箇所をAIがリアルタイムで医師へ指摘をする。画像高速処理はPC一台でも動作する。医師はAIのマーク箇所を一緒に確認し、診断に役立てている。多くの患者を一人で診断する医師にとって、ポリープの見逃しなどを改善できるAIは、大きな負担軽減と診断の質の向上に繋がっていると言えるだろう。

ただし、大量の正確な画像が必要なディープラーニングには、検査数が多い消化器科など画像データが集まりやすい分野に実用化が集中しており、今後その他の医療分野にも拡大していくことが期待されている。

2020年にGoogleが専門家と共同で発表したNature論文では、検診用マンモグラフィから乳がんを特定するためのマシンラーニングモデルを開発している。がん研有明病院はGoogleと共同でこのモデルの有効性を日本人で検証してきた。

日本におけるマンモグラフィのスクリーニングでは異なる読影医による二重読影が推奨されているが、乳がんを特定できるAIが実用化されれば、 AIと医師がマンモグラフィ画像を確認し、見解が一致しない場合にのみ2人目の医師による確認を行うことができるようになる。

前述した胃がん検出には、ニューラルネットワークを用いたディープラーニングを活用している。熟練した内視鏡医に匹敵するレベルでがんを検出することができ、また解析スピードも人間の能力をはるかに超えている。実用化すれば、内視鏡画像ダブルチェックや検査時にリアルタイムで早期胃がん検出を支援することもできるだろう。

医師の新しい助手

医師の診断へのAI支援も進んでいる。患者の書いた問診票による症状の傾向から、AIが可能性のある病名をリストアップし表示する方法が既に実用化されており、医師たちは候補を確認しながら患者を診て総合的に判断する。

医療事務においてもAIの活用が期待されている。現在は、患者が持参した薬の電子カルテ入力は手作業で行われており、大きな病院では重い事務的負担となっていたが、AIの画像認識で薬をタブレットに映すだけで正確な薬剤名を表示でき、そのまま登録ができる。

このように、日本の医療分野で発達しているAIは、切迫する医療現場の人員に対する負担軽減を担う役割が一般的であり、常にAIの安全性を高める取り組みと共に実用化が進められている。

AIの普及が更に進めば、人口過疎地や離島で勤務する医師に大きなサポートをもたらし、その土地で暮らす人々がより効果的に医療にアクセスできるようになるだろう。また専門性の高い病院は更に深い取り組みをできるようになるなど、病院と医師の持つ能力をより拡張してゆくことが可能になり、その恩恵は私たち患者のQOLの向上に大きく貢献するに違いない。

AIによって生成される「がん遺伝子」

Genetic engineering concept. Medical science. Scientific Laboratory.

アメリカの医療AI開発の最も先進的な存在は、ミネソタ州に本拠地を置く「メイヨークリニック」だろう。従業員数7万8千人を擁する巨大医療機関である。

メイヨークリニックは鋭い先見性を持ち、20年ほど前から非特定化した患者の検査データなどをデジタル化して保有し、医療現場でAIソリューションをテストすることを目的にデータプラットフォームを構築した。530万人の患者の6億4400万件の臨床所見や心エコー図などのデータが含まれたプラットホームは、正確なデータが精度の核となる医療AIにとってまさに“源泉”であり、150以上のAI開発組織に対してもデータを使った検証を提供し、医療AI全体の発展に大きく貢献しようとしている。

またバックオフィスの先進的DX化から、AI画像診断支援、AIを搭載した医療機器開発、パンデミック時の空きベッド予測や小児病棟のRSウィルスキャパシティコントロールにマシンラーニングを用いるなど、医療AI開発の規模は他の追随をゆるさない。メイヨークリニックが腫瘍学などの分野で出願している特許は50件以上に上り、研究の革新性と実用化のスピード感を感じさせる。またビックテックやAIベンチャー企業と共同で開発を行い、積極的に投資も行っている。

ビックテックでは特にアルファベットが、傘下のグーグルを含めて医療分野でAIの応用に力を入れている。創薬や病気の画像診断、医療事務などの分野で医療機関や製薬企業などと提携して開発を進めている。また既に独自の医療AI製品を手がけており、医師の口述を書き起こす音声認識サービスやNLPを使用したインターフェースなどを提供している。Googleが世界中で利用されていることで、様々な国とユーザー間でアルゴリズムを検証することが容易であることが強みであり、今後の医療AI分野の発展に大きく貢献するだろう。

また医療・ヘルスケアAIに巨額の資金も投じ、21年だけでこの分野のスタートアップに総額11億ドルを投資した。

2024年のノーベル賞受賞者を有するイギリスの「ディープマインド」もアルファベット傘下にある他、マシンラーニングを活用した創薬のスタートアップ、「インシトロ」の資金調達ラウンドに参加している。

インシトロで注目されているのが、生成AIを活用したがん治療薬の開発である。

がんは遺伝子の異常によって発生するため、癌患者の遺伝子変異を正確に把握できれば、効果を表す治療薬をつくることができる。しかし、がん細胞はすぐに遺伝子情報が失われデータが集められず、正確な分析を行うことが難しかった。

そこでインシトロは画像の供給不足を解決するために、生成 AI を使用して組織画像の「ディープフェイク」を作成した。組織サンプルを数百から数千に増やすことで、400 個の癌組織画像サンプルからほぼ 10 万個にまで増やすことができた。“無ければ生成する”という劇的なアイディアに挑戦し飛躍的な成果を出してしまうところに、アメリカならではのリスクを恐れない姿勢を感じさせる。

現在新薬を市場に出すまでにかかるコストは平均13億ドルと、2019年の25億ドルに比べれば削減されてはいるが、AIが更に創薬部門で取り入れられるようになれば更に大きなコストダウンと開発時間の短縮になることは間違いないだろう。

人間だけが成し得うる業

Female nurse putting adhesive bandage on senior woman pacient's arm after vaccination at the hospital

安全性を求める日本の慎重な取り組みと、アメリカのリスクを恐れないアプローチ、共にどちらも重要な側面があり、世界中でAI開発のバランスが議論されている。ただし双方に改めて重要なのは、AIが利用するデータの質と正確性だろう。

またAIによる問題のひとつに「ブラックボックス化」がある。

AIによる結果が表示される時、どういったプロセスで診断支援がされているのか医師側が把握できていないという部分は大きなリスクがある。

またAI は偏見や差別につながる可能性がある。

例えばAI が医療データを学習していると、医療にアクセスできる人々だけを対象とした結果が生成され、その精度に人種や性別・年代などによって偏りが出る場合がある。

AIを実用していく中で医師たちも、より知識や診断の向上を目指す必要がある。AIを盲信せず、あくまで判断材料としたうえで最後は自分で診断を下さなくてはならないからだ。

また治療方針を決定する際も、その患者が自身の人生をどのように過ごしたいか、何を選択したいかなど、人間的心情の機微を汲み取り、それを反映して患者と向き合う必要があり、それは現在のAIには難しい“業”である。アメリカ医師会はAIが“augmented intelligence(拡張知能)”であるということに言及し、医療従事者の取って変わるのではなく、医療従事者がAIの支援を受ける、ことの重要性を強調している。

いつ死ぬかが分かるなら、それをどう防ぐか考えるだろう

A shot of two young girls with their mother, sitting comfortably with a blanket over their heads on a sofa in the living room of their home in South Shields, North East England. They are all smiling, looking at a digital tablet which the mother is holding. In the background the kitchen is in partial view, and it is dusk outside.

Video similar to this scenario available.

私たちが未来に来たる死の兆候を事前に知ることができたら、それを避けるために可能な限りの手段を取れるとしたら、私たちの社会はどう変わるだろうか。

現在メイヨークリニックでは、“どんな病気に、いつかかるのか”という予測ができる医療の研究が進んでいる。既にそれを実現可能にするインフラ構築をしており、更にグーグルと共同で鑑別診断の領域に生成AIを応用する実験を始めるとしている。

例えば、患者のデータをAI分析し「3年後に心不全で突然死を引き起こす」といった兆候を検知、それに合わせ予防的な医療を提供しようとするものである。

またメイヨークリニックが力を入れているのが、人間ではこれまで発見できなかった病気を検知するAI医療機器の開発である。たとえば、心臓のポンプ機能の低下を検知するアルゴリズムで形成されたAI心電図では、肥大型心筋症などの一部の心臓疾患の検出にも使用でき、米国食品医薬品局によって医療機器として販売されることが承認されている。すでに Apple Watchの心電図アプリケーション信号を受け取れるように改良されており、今後その実用化の幅は社会全体へ益々広がっていくだろう。

藤田医科大学は2024年4月、学内に医療機器メーカー メドトロニック社が運営する外科手術のトレーニング施設「メドトロニック サージカル エクスペリエンスセンター」を開設した。

センターには手術支援ロボットHugoをはじめ、内視鏡手術機器などを揃え、医療従事者がロボット支援手術等の外科手術を総合的かつ実践的に学べる施設になっている。将来的には手術中に医療従事者のアシストをするAIや、AIがロボットを操作し遠隔治療を施すという可能性もあると言われて久しい。そうした最先端技術を医療従事者が取り入れられるように支援する教育機関の設置は、今後更に需要が増してゆくだろう。

これまで様々な患者たちが向き合ってきた病との勇敢で激しい闘いを、将来の世代がより健康で快適かつ幸せに人生を歩むことができる可能性に転換できるとしたら。一人ひとりの生き様というデータが、これからの未来を構築してゆくのだ。いつか、痛みや苦しみから解放され、満足のいく形で人生の終わりを選べる日が来るとしたら、それはAIという存在により成し遂げられるかもしれない。

参考資料

AI pioneer Daphne Koller sees generative AI leading to cancer breakthroughs
ZDNET
https://www.zdnet.com/article/ai-pioneer-daphne-koller-sees-generative-ai-leading-to-cancer-breakthroughs/#google_vignette
Meet MIRA
Virtual incisions
https:// virtualincision.com/mira/
The Ultimate Sci-Fi Movie List To Prepare For The Age Of Artificial Intelligence
TMF
https://medicalfuturist.com/sci-fi-movies-about-artificial-intelligence/
遠隔手術で切り拓く医療の未来。
hinotori™と5Gを駆使した「遠隔ロボット手術」の社会実装に向けて
OPEN HUB for smart world
https://openhub.ntt.com/journal/7997.html
手術支援ロボット「Hugo」を含む外科手術トレーニング施設
藤田医科大学
https://www.fujita-hu.ac.jp/robot_ai.html
HOW MAYO CLINIC IS USING ARTIFICIAL INTELLIGENCE TO TRANSFORM CARDIOVASCULAR CARE
MAYO CLINIC MAGAZINE
https://mayomagazine.mayoclinic.org/2023/04/mayo-clinic-using-artificial-intelligence-to-transform-cardiovascular-care/
Mayo Clinic’s Healthy Model for AI Success
MIT Sloan management review
https://sloanreview.mit.edu/article/mayo-clinics-healthy-model-for-ai-success/
AI in healthcare: The future of patient care and health management
MAYO CLINIC Press
https:// mcpress.mayoclinic.org/healthy-aging/ai-in-healthcare-the-future-of-patient-care-and-health-management/
米アルファベットの新興投資支えるVC大手の顔ぶれ
日本経済新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC160BN0W3A810C2000000/
高すぎる創薬コスト、「イールームの法則」は機械学習で覆せるか?
MI Ttechnology review
https:// www.technologyreview.jp/s/132832/new-drugs-are-too-expensive-can-ai-can-fix-that/
米アルファベットの医療AI事業、4つの重要戦略
日本経済新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC297WP0Z20C22A3000000/
AIで早期胃がんの範囲診断が可能に-内視鏡専門医の診断精度に迫る-
国立がん研究センター プレスリリース
https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2023/0606/index.html
【プレスリリース】人工知能で胃がんを発見する! -AIを活用した内視鏡画像診断支援システムの開発-
がん研有明病院
https://www.jfcr.or.jp/hospital/information/general/5376.html
【ニュースリリース】がん研有明病院とGoogle AI を活用した乳がん検診の共同研究において、乳がん検診の精度と健診プロセスの効率の向上を確認
がん研有明病院
https://www.jfcr.or.jp/hospital/information/general/10836.html
大腸がんをAIで即時検知
JST
https://www.jst.go.jp/seika/bt2019-07.html
AIを用いた診療時記録の自動入力化の取組
横須賀共済病院
https://iryou-kinmukankyou.mhlw.go.jp/pdf/information/2020/f79cb85ba775104192715d884640d1dcb44609d7.pdf

WRITING BY

伊藤 甘露

ライター

人間、哲学、宗教、文化人類学、芸術、自然科学を探索する者

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