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漆黒の夜空で人は惑星に願いを託す 〜NASAエウロパクリッパーのメッセージ〜

漆黒の夜空で人は惑星に願いを託す 〜NASAエウロパクリッパーのメッセージ〜

天空の星が明滅する時

オックスフォード上空の星空がまるで瞬きをするように、何かメッセージを伝えているように明滅する。中国の大ベストセラーSF小説『三体』のNetflixドラマ版では、そうして全てが始まる。

映画や小説は、長らく宇宙の果てに存在するかもしれない地球外生命体との遭遇を思い描いてきた。

アレシボ天文台で宇宙からの電波を探すエリー・アロウェイ博士が、ある日素数に置き換えられる信号を地球外から受信するカール・セーガンによる小説『コンタクト』、墨が滲んだような、時間がノンリニアであることの象徴である円形の“文字”で地球外生命体が人類に語りかける映画『メッセージ』など、その物語は常に人々にある種の希望を与えてきた。それはわたしたちが、この広大な宇宙のなかでひとりではない、という夢である。

水でできたふたつの星

Europa Clipperの運用想定イラスト Credit: NASA/JPL-Caltech

2024年10月10日に打ち上げ予定のエウロパクリッパーは、そんな夢を載せた探査機のひとつだ。

木星の衛星である「エウロパ」は、生命の星と呼ばれてきた。表面を覆う厚い氷の下に、塩分の多い水分”海”のようなものがあると推定されているからだ。

その水分量は地球の2倍とも言われている。木星探査機「ジュノー」の観測データを基にした解析では、エウロパでは1日1000トンの酸素が生成されているという推定が発表された。これは当初試算されていたよりは低い数値であったが、生命体の存在可能性を排除することはできない。

エウロパクリッパーはNASA史上初のエウロパ探査専門機であり、生命体の生存に適した環境かを調査するというミッションを携えて発射されるのだ。

エウロパクリッパーには、そうした未知の存在発見への希望を込めて、地球外生命体へのメッセージを搭載した金属板が取り付けられている。

本記事サムネイルに使用されているものがエイダ・リモンの詩を冠したプレート。裏面にはこうした「水」の波形が描かれている。Credit: NASA/JPL-Caltech

地球とのミッションのつながりを称える両面三角形のプレートには、木星とその衛星の軌道の中に浮かぶボトルのデザインが上部にほどこされている。プレートの内側にあるシリコン製マイクロチップには、一般公募で寄せられた260万人以上の氏名が刻まれており、これが宇宙に向けたメッセージボトルであることを示している。

その下部に、米国の桂冠詩人エイダ・リモンの「In Praise of Mystery : A Poem doe Europa(神秘を讃えて: エウロパのための詩)」が、リモンの手書きの筆跡をそのまま転写されている。その傍には天文学者フランク・ドレイクが1961年に提示した、地球外生命体を発見する可能性を推定する「ドレイク方程式」、20 年前にエウロパミッションの開発に取り組み、エウロパクリッパーの基盤を築いた惑星科学者ロン・グリーリーの肖像が描かれている。

プレートのもう片面 には、103 の言語で「水」という言葉が作る音波を視覚的に表現した波形が描かれている。これは海洋という点で結ばれた地球とエウロパを象徴するデザインとなる。

人類が滅んでも、ゴールデンレコードは宇宙を漂う

パイオニア探査機に取り付けられたプレート。Credit: NASA

地球の外に存在するかもしれない知的生命体へのアプローチには、既に長い歴史がある。
全ては1959年にネイチャーに掲載されたジュゼッペ・コッコーニとフィリップ・モリソンによる論文「Searching for Interstellar Communications」に端を発している。両名は地球外に文明があれば、通信可能な技術を我々は既に備えていると説き、このビジョンは当時大きな影響を与えた。

1960年にはエウロパメッセージにも掲載されている天文学者ドレイクの提案により、宇宙から電波が地球に送られていないか電波望遠鏡で観測する「オズマ計画」が実行された。結果としてシグナルを発見することはできなかったが、「SETI (Search for Extra Terrestrial Intelligence)」の活動が活発化し、観測をベースとする受動的なSETIに対し、地球外に発信を行っていくアクティブSETIまたは「METI (Messaging to Extra Terrestrial Intelligence)」と呼ばれる活動も始まった。

世界で初めてのMETIはパイオニア探査機に取り付けられた金属板によるメッセージである。制作とデザインは天文学者でSF作家としても著名なカール・セーガンとドレイクによって行われた。主に図形を用いて、地球生命体である人間の情報や探査機の打ち上げ時期、経路などを示した。

その後1977年にはボイジャー1号2号にディスク型の「ゴールデンレコード」が搭載され、今現在も遥か宇宙空間を飛行し続けている。地球の音楽や音声・画像情報が記録されており、ディスク表面には地球の位置情報やレコードを再生するためのヒントが散りばめられている。2024年の今も宇宙のどこかで地球の情報を搭載した黄金のディスクがドリフトし続けていると考えると、もし地球が滅亡するような日が来てもその記憶の欠片だけが宇宙で受信者を探し続けるという、不思議なノスタルジーと感慨に包まれる。

その後も初の電波型METIである「アレシボメッセージ」など、人類は今日まで発信を続けている。

テスラが聞いた“惑星からの信号”

New York American, May 22, 1904

ニコラス・テスラが1901年にニューヨーク州に建設した「世界システム(現在のインターネットの原型に相当)」構想を実現するワーデンクリフタワーが第一次世界大戦中に引き倒され、当時その理由には様々な憶測が飛び交った。

実際には負債返済に当てるため塔自体をスクラップにして売り払った訳であるが、テスラがワーデンクリフを新兵器開発や何らかの交信施設として利用しようとしていたことに目をつけられたのではと長く信じられた。

テスラ自身は1899年にコロラドスプリングスにあった研究所にて、拡大送信機を通して一連のリズミカルな信号を観測し、それが別の惑星からの発信であると結論付け地球外生命体からの通信である可能性を示唆していた。ワーデンクリフタワーによる無線の送電が可能であれば、宇宙への交信すら視野にいれていたという可能性はなきにしも在らずだろう。

「HIPNOSIS_01」河野未彩

そもそも、遥か古代文明の人々は、天窓のように開かれた瞬く夜空に対し、何か行動をおこしていたのだろうか。

例えばペルーのナスカライン(ナスカの地上絵)など、人間自体が目視することができない表現をあれだけ広大な土地に多数残していたことを考えると、ひとつの想定され得る用途として、天空から見られることを意識したのではないかという夢想が湧きあがってくる。グラフィックアーティストの河野未彩氏は、エジプトのピラミッドの天空に向かって突出した形状にUFOのエネルギーチャージプラントのような役割があったというビジョンを抱き、それを基に「HIPNOSIS_01」という作品を描いている。

カール・セーガンはソ連にいたロシア人科学者シュクロフスキーとメールのみで思索を共有し合った1966年の共著作『Intelligent Life in the Universe』の中で、古代文明が宇宙人の訪問を記録している可能性に言及し、シュメール文明に登場する「オアンネス」という謎の生物について考察している。

オアンネスは全身が魚のようで、魚の頭の下に人間の顔がついていたとされており、初期シュメール人に文字や科学、都市の構築、神殿の建設法などあらゆる知見を授けたと伝えられている。

実際に科学的には実証されていないがゆえに、その真偽を追及することは意味を成さないかもしれないが、そうして遥か悠久の昔の人類が今と変わらずにまだ見ぬ外界の何かへ交信を試みようとしていた、という痕跡が見つかれば、それほどロマンをくすぐることはないだろう。

漆黒の夜空で、知っている惑星に願いを託す

星空は常に人類のインスピレーションの源だったとカール・セーガンは『コンタクト上巻』に記している。天は人類の便宜のために作られたという悲劇的な自惚れは、全世界共通の知恵となった。しかしその価値観は変転し、私たちがこの広大な宇宙のなかの小さな一粒の砂に過ぎないということは、より大きな畏怖と探求を燃え上がらせている。

『三体』の著者、劉慈欣は朝日新聞GLOBE+にこう語っている。

「人類はかつて、すべてを超越した神という存在を考え出し、現在は自らの手でAIを生み出しつつあり、未来に向けて地球外知的生命体を探しています。人知が及ばぬこうした『他者』は、人類の姿を照らし出す『鏡』のような存在であり、私たち自身を深く理解することにもつながります。我々が『他者』に強い関心を抱くのは自然なことなのです」

宇宙のどこかに知的生命体がいるとして、そうした文明にそもそもコンタクトを取るべきなのかなど、議論は無数にある。しかしエイダが書いたエウロパの詩の一節 ”From earth, we read the sky as if it is an unerring book of the universe, expert and evident. (この地球から、私たちは天空をまるで間違いのなく明白な宇宙について全てを知る本として読む)” にあるように、そこに答えが示されているという本能に突き動かされて、私たちはこれからも美しい星の瞬きの中を突き進み、遥か広大な未知の世界へ発信を続けてゆくに違いない。

参考文献

Europa Clipper
NASA
https://europa.nasa.gov
Giuseppe, C. Philip, M.(1959).Searching for Interstellar Communications.Nature.184.844-846
https://www.nature.com/articles/184844a0
Europa Clipper’s message in a bottle
The planetary society
https://www.planetary.org/planetary-radio/2024-europa-clipper-message-in-a-bottle
第9回 鳴沢真也 正しい宇宙人の探し方~SETIの話(前編)
National Geographic
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/20140625/404353/?P=4
衝突シミュレーションで探る氷衛星エウロパの構造
国立天文台
https://www.nao.ac.jp/news/science/2024/20240322-cfca.html
「2010年宇宙の旅」を越えて~1月15日コラムに続けて
(公財)つくば科学万博記念財団
https://www.tsukuba-sci.com/?column02=「2010年宇宙の旅」を越えて~1月15日コラムに続けて
SF小説「三体」著者の劉慈欣さんに聞く「地球外知的生命体は人類に何をもたらすのか」  
朝日新聞GLOBE+
https://globe.asahi.com/article/15227057
Tower Dismantled 1917
Tesla science center at Wardenclyffe
https://teslasciencecenter.org/pivotalmoments/tower-dismantled/
The “inteligent” signals from universe
Inventions & experiments of Nikola Tesla
https://teslaresearch.jimdofree.com/myths-and-controversial-topics/the-inteligent-signals-from-the-universe/
カール・セーガン著「コンタクト 上巻」新潮社、1986年
カール・セーガン著「コンタクト 下巻」新潮社、1986年
長沼毅著「生命の星・エウロパ」日本放送出版協会、2004年

WRITING BY

伊藤 甘露

ライター

人間、哲学、宗教、文化人類学、芸術、自然科学を探索する者

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