BUSINESS

データとテクノロジーで不確実性を征す「イールドマネジメント」 ーその誕生物語ー

データとテクノロジーで不確実性を征す「イールドマネジメント」 ーその誕生物語ー

航空券を買う時、タイミングによって全く値段が違うため、PCや携帯と対峙しながら最安値を探し続けた経験は誰しもあるだろう。こうした需要と供給に応じて商品やサービスの価格を柔軟に変動させ、収益最大化を図ることを「イールドマネジメント(レベニューマネジメント)」と言う。

航空機は一度離陸してしまえば、空席になった分の利益はその瞬間に逸してしまう。莫大な固定費に対して何とも足が早い商品なのである。そうなれば、顧客が少ない時期には価格を下げて競合に勝ち、ニーズが多い時期には高価格に引き上げて利益の最大化を目指す。適切な顧客に対し、適切なタイミングで適切な価格で販売することが、イールドマネジメントの肝要である。

全てはデルタ航空の損失から始まった

アメリカの航空会社は黎明期から政府による規制により、一律の正規価格を持っていた。しかし1970年代に入ると規制緩和が始まり、航空券価格も自由競争となり価格競争に敗れた航空会社は次々と倒産し始めた。そんな時、彗星のごとく現れたレジェンドが、当時デルタ航空の法務部に勤めていたロバート・G・クロスである。

ロバート・クロス氏自身のLinked inへの投稿に、イールドマネジメントの原点が興味深く描かれている。ここで紹介しよう。

クロスは法学を専攻し、デルタでも法務で大きなプロジェクトを成功させていたが、CEOに突然マーケティング部に抜擢された。その時、困惑したであろうことは想像に難くない。当時デルタは規制緩和後に大損失を続けており、企業の存続に暗雲が垂れ込めていた時期だった。

マーケティング部には「リザベーションコントロール」というセクションがあり、ここでは運賃価格決定がわずかなアナリストたちによる属人的な勘と経験で行われていた。ただし人間の勘には当然当たり外れがあることから、運賃を下げすぎるなど小さな予測のミスが、年間6億ドル相当の損失に繋がっていることが見えてきた。

膨大なフライト席数を人力で処理する彼らに、企業全体が依存していたことに脆弱性を感じ、クロスはまずアナリストたちの負担を減らす仕組みを考え始める。

クロスはアナリストや数学者を集めてITチームを編成し、55万便分の販売状況から優先度の高いフライト情報をアナリストに提示する「スマートフィルター」のような自動化システムを作った。実にシンプルな構造だが画期的な成功を収め、初年度には現在の価値で 9 億ドル の影響をもたらした。

その後1986年までにデルタに年間25億ドルもの増収益をもたらし、また規制緩和の結果として運賃が下がり、サービスが向上したことで、旅行者は年間約60億ドルの利益を得ることができた。企業と顧客共にwin-winの結果をもたらしたのである。

これがレベニューマネジメントの前身であるイールドマネジメントのオリジンストーリーだ。

その後全米の航空業界に一気にこの手法が広まり、更にマリオットやヒルトン、ディズニー、ナショナルカーレンタルなど、ホテル業界、テーマパーク、カーレンタル業界などでも「レベニューマネジメント」として体系化されていった。

AIは更に膨大なデータを征する

さてAIの発展著しい現代では、イールドマネジメントにAIを導入する事例が増え続けている。

宮崎を拠点とする航空会社・株式会社ソラシドエアでは、座席販売のイールドマネジメントを担当者の経験に属人化したスタイルで行っていたが、近年の路線拡大等により業務量が増大していた。

そこでビッグデータ・AIを活用したレベニューマネジメントシステムを企業と連携して導入。属人化を脱し業務の平準化、最適な販売価格の算出、業務効率化による更なるサービス向上を目指す作業時間の創出など、成果を見せている。

2018年から「ホテルストーク」「ホテルリリーフ」「リリーフプレミアム」ブランドのホテルを全国展開しているフェリーチェ(本社・沖縄県那覇市)では、レベニューマネジメントを推進するため2社のAIシステムを導入開始した。ビッグデータを活用し、2社を同時に運用比較することで、より同社へのインパクトの大きいシステムを見極めた。

既に成熟したかと思われたイールドマネジメントに、AIという強力なゲームチェンジャーが加わった。今後この分野の発展から目が離せない。

人間がこの世界に立ち向かうために

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が猛威を奮っていた2020年のクロスの投稿は力強くこう締め括られている。

「Moreover, we have the experience to interpret what we see. We have the inquisitiveness to explore what we can’t see. History is on our side. We have the data, tools and mindsets to overcome the coronavirus economic challenge.
Selling the right product to the right customer at the right time has never been more important.
This is our time. Let’s Roll!

私たちは見たものを解釈する経験を持っています。私たちは目に見えないものを探求する探究心を持っています。歴史は我々の味方です。私たちはコロナウイルスの経済的課題を克服するためのデータ、ツール、考え方を持っています。
適切な製品を適切な顧客に適切なタイミングで販売することが、かつてないほど重要になっています。
今こそ私たちの時間です。レッツ・ロール!」

イールドマネジメントがあれば、どんな社会的不確実性も恐れることはない。これは非常に根源的な明示でもあるだろう。私たちの手にはデータとテクノロジーがある。それをどう扱うかは、人間次第なのだ。

参考文献

Revenue Managers: Rise Up!
Robert Cross
https://www.linkedin.com/pulse/revenue-managers-rise-up-robert-cross
AIはホテルの価格設定に変化をもたらすか? 稼働率より収益重視へ、未来に起きる地殻変動をホテル専門家が予測【外電コラム】
トラベルボイス
https://www.travelvoice.jp/20230921-153942
Revenue Management: What can Hotels Learn from Delta Airlines?
Revenue hub:https://revenue-hub.com/revenue-management-hotels-learn-delta-airlines/
Learning the Good and the Bad from Yield Management, a methodology developed by American Airlines
Eli Schragenheim
https://elischragenheim.com/2016/01/18/learning-the-good-and-the-bad-from-yield-management-a-methodology-developed-by-american-airlines/

WRITING BY

伊藤 甘露

ライター

人間、哲学、宗教、文化人類学、芸術、自然科学を探索する者

sidebar-banner-umwelt

  

注目の関連記事