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AIによる需要予測がアメリカの飲食業界に与える影響とは?
目次
常態化しつつあるインフレ、コロナによる外食文化の変容、慢性的な人材不足等々、アメリカの飲食業界を取り巻く経営環境は依然厳しい。そうした中、ChatGPTなどの生成AIを経営に取り入れ、改善を図ろうという動きが胎動しつつある。中でもAIによる需要予測が、アメリカの飲食業界に大きな影響を与えるという期待が高まっている。AIによる需要予測がアメリカの飲食業界に与える影響とその効果について考察する。
厳しい経営環境が続くアメリカの飲食業界
アメリカレストラン協会が2022年11月に全米3000人の飲食店オーナーを対象に行った経営実態調査によると、回答者の92%が経営コストの高騰を「経営に対する深刻な挑戦」であると回答しており、特に「食材コスト」(92%)、「人件費」(89%)、「水道光熱費」(63%)の高騰を脅威と見なしていることがわかった。アメリカではインフレが常態化しつつあり、最近はやや落ち着きを取り戻しつつあるものの、それでも各種のコストの高騰が飲食業の経営に大きなプレッシャーを与え続けている。
実際のところ、同上の調査では、インフレなどの影響により87%の飲食店がメニューを値上げしたと回答している。特にウェイターやウェイトレスによる接客サービスが行われるフルサービスレストランにおいては、89%がメニューの値上げを余儀なくされている。中には通常のメニュー価格に加えて、サーチャージなどの名目で別料金を請求し始めた飲食店も15%存在する。アメリカの飲食業界においては、経営コストの高騰がまさに経営に対する深刻な危機であり、ほとんどの飲食店に値上げやサーチャージの請求などの対応を迫っている。経営コストの抑制と支出の削減、ひいては営業利益率の改善は、今日のアメリカの飲食店オーナーが直面する喫緊の経営課題であると言っていいだろう。
AIを経営に取り入れる飲食店が増加
そうした厳しい経営環境の中、AIを経営に取り入れる飲食店が増加している。マクドナルド、ウェンディーズなどの大手ファストフードチェーンはドライブスルーやカウンターでの注文受付にAIを導入し、AIによる音声対話形式のオーダリングシステムを実現している。特にドライブスルーでAIによる注文受付システムの導入が進んでおり、ドライブスルーの注文受付の効率化により、大幅なスループットの向上というメリットを享受している。
注文受付などのフロントエンドでの仕事に加え、バックエンドでもAIの導入が進んでいる。テキサス州ダラスを拠点に43店舗のメキシコ料理チェーンを展開しているレストランオーナーは、新メニューの開発にChatGPTを活用している。ChatGPTに現在のメニューアイテムをすべて入力し、「何か新しいメニューを考えてくれ」と投げかけたところ、ステーキとシュリンプをベースにクリスピーポテトとハラペーニョソースをトッピングした新しいタコを提案してきたという。オーナーが試しに「ChatGPTタコ」という名前を付けて販売してみたところ、過去最高クラスの売上をあげる結果になったという。
メニューアイテムの開発などに加えて、発注業務、スタッフのシフト管理、宣伝広告などのマーケティングなどの業務においてもAIの導入が進んでいる。さらにバックエンド業務においては、特に「需要予測」に関する業務においてAIの導入と活躍が期待されている。では、飲食業における「需要予測」とは、具体的にどのようなタスクなのだろうか。
飲食業における「需要予測」とは?
飲食業における「需要予測」とは、具体的には以下のタスクにおける需要を予測することと言える。特に重要なのが「売上予測」、「シフト管理」、「在庫管理」における需要予測だ。
まずは「売上予測」だが、これはその文字通り店の売上を予測することだ。将来の売上を具体的に予測することで、店全体の売上、メニューアイテムごとの売上、特に売れ筋メニューアイテムと死に筋メニューアイテムの売上、特別メニューアイテムの売上などを予測する。オペレーションサイドでは、予測された売上をもとに予め調理スケジュールを決め、タイムマネジメントを効率的に行う。予測の精度が高ければ高いほど、タイムマネジメントの効率は相応に高くなる。
次に「シフト管理」だが、これは通常「売上管理」と連動して実行されるタスクだ。出された売上予測に基づき、当日または指定期間中に必要なスタッフの数と必用勤務時間を予測する。飲食店にとって冗長スタッフの存在は人件費の上昇に直結し、無視できない課題だ。AIにシフト管理を任せ、シフト管理を最適化することでオペレーションコストを最小限に抑えられる可能性を高めることができる。
「在庫管理」も重要なタスクだ。飲食店にとって、「死蔵在庫」の存在は経営を脅かす。特にめったに売れない「死に筋メニュー」の材料や、高額ワインなどの在庫が滞留するとバランスシートとキャッシュフローに大きな悪影響を及ぼす。AIを活用することで在庫の回転率を高め、必要最低限の在庫水準を確保することが可能になる。
AIによる需要予測の現在地
大手メキシカンレストランチェーンのチポトレ(Chipotle)は、AIスタートアップ企業のプレシテイスト(PreciTaste)と共同で、オンライン在庫モニタリングシステムをベースにしたAI需要予測システムを試験的に導入している。同システムは、肉や野菜などの材料をストックしたフードパンをオンラインカメラで常時モニタリングし、在庫数量の減少スピードなどをベースに売上と適正在庫をリアルタイムで予測する仕組みだ。チポトレによると、このシステムの導入により、フードパンに材料を定期的にストックするという人間のスタッフによる「マニュアルワーク」を削減し、材料の発注数量の適正化が進むことで、在庫コストの削減が実現したという。
同様のシステムは、ヤム・ブランズなどの他のレストランチェーンでも導入が始まっており、特に「売上予測」と「在庫管理」のタスクをAIにまかせるケースが多い。ヤム・ブランズ傘下のケンタッキー・フライド・チキンでも、「レコメンド・オーダリング」というAIベースの需要予測システムを導入し、週単位での発注業務を行っている。同システムの導入により、仕入数量とフードコストの適正化を実現している。
完璧ではないが、それでも導入が進むAIによる需要予測
以上のように、アメリカの飲食業界においてはAIによる需要予測システムの導入が着実に広がっている。AIによる需要予測システムは、現在は大手企業を中心に導入が進んでいるが、今後中小零細の飲食店にも導入が進んでゆくことは時間の問題であると思われる。特にメニューアイテム数が少ないピザ店やハンバーガー店、在庫の適正化が難しいとされる寿司店、デリバリー主体の中華料理店などにおいてAIによる需要予測システムの導入が進むと予想する。
AIによる需要予測システムは、言うまでもないが完璧では決してない。今日明日をはじめとする未来を完全に予測することは、AIであっても出来ない。それでも、100%完璧ではない天気予報を多くの人が信頼するように、飲食業における需要予測システムも同様に信頼されるようになると予想する。そして、データの蓄積と解析能力の向上により、需要予測システムの精度が今後幾何級数的に向上すると予想する。能力が向上し続けるAIが、多くの飲食店で普通に活躍する未来が、間もなくやってきたとしても不思議でも何でもないだろう。
参考文献
https://restaurant.org/NRA/media/Downloads/PDFs/business/2023/Restaurant-Business-Conditions-Survey-Key-Findings-Dec-2022.pdf
https://www.businessinsider.com/how-ai-is-changing-restaurant-menus-industry-2023-10
https://www.restaurantbusinessonline.com/technology/how-big-restaurant-chains-are-using-artificial-intelligence
前田 健二
経営コンサルタント・ライター
事業再生・アメリカ市場進出のコンサルティングを提供する一方、経済・ビジネス関連のライターとして活動している。特にアメリカのビジネス事情に詳しい。