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【モノを運ぶ人類史】物流がテレポーテーションに換わる未来まで
目次
Instagramに表示される海外のshop広告から、つい気になる洋服の購入ボタンを押してしまったり、Amazonで本や食品を頼むと1〜2日のうちには自宅の宅配BOXに届いていたりする。世界中のどこからでも1クリックで品物が届くとは、冷静に考えてみると何とSF的なアイディアだろうか。「スタートレック」シリーズに登場する、食べ物や飲み物をすぐに取り出せる魔法の電子レンジ “レプリケーター”で夢想されていた未来に、片足を踏み入れていると言っても良い。我々は驚くほど先進的な消費行動の世界を生きている。
しかしその魔法のようなネット上の1クリックの裏に、人の手によるアナログで力強い「物流」が動いていることを我々は忘れがちだ。
港湾エリアには信じられないほど大量のトラックと運転手たちが集い、数限りない積み荷を日本中へ縦横に移動させている。コンテナ船は私たちが将来購入するかもしれない品物を載せて、スエズ運河やインド洋、荒波の海を渡り続けている。未来的なWebの購入体験とはかけ離れた、実に地道かつ人間的でグローバルかつダイナミックな作業が行われている。1クリックの背後には、世界的物流網が張り巡らされているのである。
本記事では、人間の活動に普遍的に関与し続けてきた交易と物流の人類史を通じて、ロジスティックスの未来を覗き見てみたい。
粘土板・ラクダ・丸木船
そもそもなぜ我々人類は交易という”移動”を始めたかについて考えてみる。それは物流の始祖とも呼べる物語だ。ここでは黒田勝彦・小林ハッサル柔子共著による秀作『文明の物流史観』から、その道程を紐解いてゆこう。
同著ではまず小林道憲の言葉を引用し、文明の成立と”ひとがモノを運ぶこと”についてその関係をこのように定義している。
「交易なくして、都市は形成されず、交流なくして文明は成立しない」
これまで文明の形成は、人類の進化や農耕技術などの食料生産などの文脈で語られてきたが、ここでは交易という物流・モノと人の動きと文明の相関について新しい視点に着目している。
そもそもヒト科の人々がアフリカ大陸を出たのは、食の問題と人口増加によるところが大きかったとされている。それは地球環境の変化によってもたらされた。一気に寒冷化が始まり、3400万年前には南極に氷床が形成されるようになった。東アフリカやアラビア半島にはもともと森林が広がっていたが気候変動により湿潤なサバンナに変化し、哺乳類が生息するようになった。餌を求め猿人たちはアフリカからアラビアを通りユーラシアへと移動していく。
定住するようになると農耕が始まり、やがて大規模集落ができあがっていく。紀元前6000年前後から、既にイラク北東部アナトリアでは灌漑が始まっており、小麦などが栽培され、それらを売買するなど交易ネットワークが広がっていたことが分かっている。
やがて一部の農耕民がメソポタミアに進出し、社会組織や神殿などを持つ都市ができあがっていく。しかし農耕による作物を除けば他に何も自然資源の無い土地であり、余剰穀物の輸出と必需品の輸入という広域交易が始まることになった。メソポタミアには、「交易人」の役割を果たす者もいた。人類初の粘土板による文字記録システムも開発され、出土品の85%を占める商業・経済記録が楔形文字で書かれるようになった。
それ以前からすでに、移動・物流手段として木をくり抜いて造る丸木船が生み出されており、産出地と異なる場所に黒曜石が出土するなど、広範な海上交易の物証が見つかっている。
メソポタミアでは海上交易以外に内陸部を交易するためには徒歩しかなく、早くからロバを家畜化し移動手段として用いていた。またロバを活用するために車輪を発明しワゴンをつけ、有益な物流手段とした。ワゴンはその後馬に引かせるチャリオットへと発展を遂げていった。これは内陸輸送のトラックの遥か原型と言ってもよいのではないだろうか。
その後、大量の積み荷を同時に長距離運ぶため、ロバで隊商を成すことが発明され交易に利用されるようになる。積み荷用の鞍の発明が進むと、より乗り心地が良く一日100メートルも移動可能で餌も馬の半分でよいラクダを利用した隊商などへと発展してゆく。より多く、より早く、より遠いところも、というのは現在の物流の根本的なニーズであり、時代は違えどその核は代わっていないことが分かる。
もちろん自然の動力である海流を利用した海上交易は、ラクダの隊商の運搬力や人員、コストの比ではない。シルクロードなど内陸部は、軽くてかさばらない贅沢品などがラクダで運搬され、交易の主流は相変わらず海上で担われた。木造帆船、近代の鋼鉄船と殆ど同じ構造を持っていた中国のジャンク船、ガレー船から、速さが出る外洋船へと、同じく大きな発展を遂げていった。
物流と病原菌
ジャレド・ダイヤモンド著の『銃・病原菌・鉄』は、人類の歴史を斬新な視点で観察し、なぜ我々が大陸により異なる発展を遂げたのかまでを鋭い洞察で書き上げている。
彼の理論では、文明の発展には同じく交易が重要な要素を持っている。
そもそも生産性の高い穀物と家畜になる野生種はユーラシア大陸に生息していたということが大前提にあるが、大陸が横に長ければ、気候に大きな変化は無いため、同じ農耕作物が共通して育つという特徴がある。人々が横方向に移動し、作物などの交易と共に農耕技術を伝播させていく。
大陸内のどの土地でも、作物が育てば育つほど余剰食糧が生まれ、そこから単純労働に従事する必要の無い人々が現れる。それは裁判所、発明家など、社会機能を発達させる役割を担う人々である。発明家が灌漑農業を発展させると、余剰作物は更に膨大な量になる。こうして都市そして文明は、横のつながりとヒトの交易による移動を通して発展してきたという。
また家畜を飼育したことで病原菌は身近になり、交易のなかでヒト同士が病原菌を持ち寄り定住地で拡散する。より多くの病に倒れる可能性があるということは、それだけ多くの免疫を集団で獲得できる、ということでもある。
アメリカ大陸にレコンキスタドール、ピサロが到着した時、インカ帝国には8万人の兵士がいたが、ピサロの168人にすぎない小隊に滅ぼされた。インカの人々の95%を葬り去ったのは、ヨーロッパから持ち込まれた天然痘だったのである。
アメリカ大陸が縦長で、上下では寒冷の差、気候の差が激しく、植生も全く違う故に、小集団での狩猟採集生活を送るに留まり、集団どうしの移動や交易は起こらず、免疫の獲得も行われなかった。ダイアモンド曰く、「家畜がくれた死の贈り物」を、ヨーロッパから受け取ってしまったのだ。
人と人とが行きかう物流は、このようにして私たちの文明の発展地域にすら影響を与えていたのである。
黒船来航
海運物流の世界的な市場形成は19世紀後半に起こった。イギリスの産業革命により発展した工場制機械工業が作り出した大量の物資の輸出が急務となり、海運の拡大に大きく寄与していたと思われる。その後欧米各地にネットワークは広がっていき、浦賀に黒船が現れたのが1853年とすれば、欧米諸国が日本を海運市場のアジア燃料補給拠点として考え開国を迫り、横浜港、神戸港の開港が世界市場拡大の一翼を担ったことは間違いない。
より多くの物資を早く運ぶべく、長らく主流だった帆船は蒸気船に取って代わられた。また20世紀初頭に入ると蒸気タービン、ディーゼルタービンが開発され、精密機器で作るのが容易くない高価なディーゼルは当初なかなか普及せず、蒸気タービンを用いた船が多く造船された。貨物船ではないが、1912年に沈没したタイタニック号も蒸気タービン船であり、映画「タイタニック」ではタービンを動かす為の巨大なボイラー室を垣間見ることができる。
その後、ディーゼルタービンはボイラーが必要無いことから、機関の容積・重量を圧倒的に小さくできるため低燃費であることが評価され、現在まで殆どの船がディーゼルタービンで造られるようになった。
積み上げて運ぶという革命
さて、物流の最大のゲームチェンジとは何か。それは「コンテナ」である、と断言してもよいだろう。よく港などでみかける、あの箱状のものである。
ディーゼルタービンが主流になった頃も、貨物船には規格のバラバラな積荷が積まれ木製のパレットや木箱を使用して運搬していた。そのため港での積み込みや積み下ろしに多くの人員を要し、物流コストの殆どが人件費と言われたほどコストがかかった。
全てを人力で数日かけて行っていた為、積み下ろし待ちの船の行列ができるほどタイムロスになった。また積荷の積載空間も少なく、木製の箱などは損壊を受けたり港などで頻繁に窃盗に遭うことが問題となっていた。
1780年代にはイギリスで既に、石炭を運河で運ぶ為の木製のコンテナ状のものが開発され、その後も世界中の一部企業が輸送コストを下げるべく同様の箱型のものを鉄道輸送向けに造るなどしたが、サイズがまちまちで積み上げできなかったり、いちエリアでの普及に留まった。
最初にいわゆる“コンテナ”を使用した物流が行われたのは1956年と記録されている。「コンテナの父」と呼ばれている陸運業のマルコム・マクリーンが、アルミの箱58個を船に積み上げて、ヒューストンまで運び、箱ごとトラックに載せて内陸輸送させた。
マクリーンは全米随一のトラック運送業を営んでいたが、貨物船からトラックへの荷役の遅さに悩まされ、トラックをそのまま船に載せて運搬する方法を模索していた。しかしトラックコンテナ部分のみを載せ積み上げたほうが一回の輸送量が確保できることに着目し、船舶用コンテナを発明するに至った。
コンテナは全てサイズを統一し、今までにないほど貨物が高く積み上げられるようになった。またそのコンテナ規格に合わせたガードレールを船倉に取り付けた積載専用船の開発も行った。
当初は従来型の荷役作業を行なう港湾労働者の反対運動を各地の港で受けることになったが、その圧倒的な輸送力と効率性は瞬く間にコンテナを世界共通規格にまで広げるに至った。これはまさに物流の大革命であり、貿易の輸送量を人類史上最高に押し上げた出来事だった。
今日の世界経済は貿易という素地によって成り立っており、圧倒される量のコンテナを積載した巨大船が大海原を航行するたびに、コンテナを引き取るトラックたちが港に押し寄せる度に、私たちの消費活動がダイナミックに躍動しているのである。
モノがテレポートする時
近年は、EC市場の拡大により物流の最適化にAIが利用されている。
我々が享受するECの利便性というメリットには、物流業界の払わなければならないコストが隠されている。企業間の配送品質の競争が更に激しくなり、“即日配送”や“送料無料”といった宣伝文句が踊る。配送貨物量の圧倒的増加、トラックドライバーの慢性的人員不足、配送全体の約2割が再配達であるということも、大きな負担になっている。こうした課題に対して国土交通省は物流DX化を推進しており、AIを導入し物流効率の最適化を目指す動きが様々な企業で進んでいる。
在庫管理にもAIを用いて、フォークリフトなど作業用台車の積載可能量を踏まえた作業効率の良い在庫配置の最適化を行う。倉庫内では搬送ロボットの利用が一般的になり、荷物の仕分け作業のAIによる自動化、最適な輸送ルートのAI予測、貨物量予測、倉庫やドライバーの人員最適化、ドライバーの居眠り検知まで、AIの活用は既に多岐に渡っている。
それだけ物流が抱える課題は死活問題であると共に、これからの物流の発展のスピードがより速く、より高度になっていく未来を予感させる。
時たま妄想することがある。もし、テレポーテーションが発明されたら、物流はどう変わるだろう。モノを分子状に分解して一瞬で届けることができるようになったらどうだろう。物理的運搬方法が必要の無いタイムラインに辿り着いたら、世界はどう変わっていくのだろうか。
それは絵空事な話だが、もはや人類史、経済、都市、文明、人々の暮らしに衝撃的な変化を与えるのは一目瞭然だろう。それほど物流は、私たち人類の発展と共に在り続けてきたのだから。
この先の物流と人類がどう進化していくのか。ユヴァル・ハラリが唱える「ホモ・デウス」のような、人間が神の業を会得した未来なら、SF映画を凌駕する経済世界を見ることができるかもしれない。
参考文献
黒田勝彦、小林ハッサル柔子著「文明の物流史観」株式会社成山堂書店、2021年
ジャレド・ダイアモンド著「銃・病原菌・鉄」上下、草思社文庫、1997年
ユヴァル・ノア・ハラリ著「サピエンス全史」上下、河出書房新社、2016年
ジャック・アタリ著「危機とサバイバル」作品社、2014年
ユヴァル・ノア・ハラリ著「ホモ・デウス=テクノロジーとサピエンスの未来」上下、河出書房新社、2018年
フィリップ・パーカー著「地図でたどる世界交易史」株式会社原書房、2021年
「第276号 わが国物流史を探る:物流とは外来の概念ではない」、SAKATAロジスティックレポート、2013年:https://www.sakata.co.jp/logistics-276/
「物流発展のライフサイクルと海運業の機能革新」、海洋政策研究所、2008年
https://www.spf.org/opri/newsletter/199_1.html
「船の歴史」、中尾企画 アルファクラフト
http://www7b.biglobe.ne.jp/~nakaokikaku0701/
「20世紀最大の人類の発明は、鉄の箱?!〜世界の物流を変えたイノベーション〜」、商船三井blog、2020年
https://www.mol-service.com/ja/blog/greatest-inventions
「物流管理へのAI技術の有効活用 ~人員配置・生産性改善レベルのボトムアップ~」、加藤産業株式会社、経済産業省
https://www.meti.go.jp/policy/economy/distribution/shh/2020_katosangyou.pdf
伊藤 甘露
ライター
人間、哲学、宗教、文化人類学、芸術、自然科学を探索する者