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【建設足場の歴史】人類が神への距離に近づく時
目次
2012年、奈良時代の遺構「朝堂院」の発掘作業が行われ、建設する際に足場を立てる為に使われた「足場穴」が見つかったことが分かった。また1995年に行われた平城京跡発掘調査でも、工事用の足場穴が多数見つかっている。
発掘図を確認すると、柱用穴のすぐ近くに足場穴が列状に並んでいるのがわかる。奈良時代は礎石の上に柱を立てる建築様式が発達したために、恐らく木製の足場が組まれたのだと思われる。
今や建築現場のどこでも見られる足場だが、その歴史はピラミッド建立以前に遡ると言われている。建築様式そのものに注目が行きがちななか、それを建造する人々の“動き”と、人類の建造への渇望の歴史を、足場を通して観察してみたい。
アダムからピラミッドへ
旧約聖書のアダムがいたころから、人は常に高い場所に登ることを目指し、そこに到達するための方法を模索してきた。
星や太陽が輝く天空 “High above” には全能の者がいるとしばしば考えられていて、人はそこに辿り着かんと、意識を高めたり、物理的にモノを積み上げて昇ろうとしてきた。
最も古い建造物は、建物ではなかった可能性すらある。何か縦長の塔のようなものか、彫像か、あるいは霊廟のようなものだったかもしれない。その中でも、天へ届かんと模索し続ける高い建造物への熱望は、どんな文明にも確認することができる。
17000年前に描かれたラスコーの洞窟壁画では、手の届かない高いところに描くために、丸太のようなものを持ち込んで足場として使用していたと示唆されている。現存する最古の足場の手がかりだろう。
4500年以上前には、ピラミッド建造の際にも足場が使われていたと推定されている。
古代ギリシャの歴史家で実際にエジプトへ調査旅行に向かったヘロドトスはこう語っている。
“At first, it (the pyramid) was built with steps, like a staircase….The stones intended for use in constructing the pyramids were lifted by means of a short wooden scaffold. In this way they were raised from the earth to the first step of the staircase; there they were laid on another scaffold, by means of which they were raised to the second step. ”
ピラミッド建造の際、石を持ち上げるために木造の足場が使われていると記述されている。
文明で言えばローマ帝国は、まさしく西洋建築の栄華の時代であり、巨大建造物が乱立し、建設現場には人々が割拠したに違いない。
Trebius Justusという人物のローマ時代の墓に、建物を立てる人々の壁画が描かれている。木製の足場が組まれており、レンガを運び積み上げる人々の様子が生き生きと描かれている。足場は自立しているように見えるが、建物壁面にソケットのようなものを作り、そこを起点に組み上げていたものと思われる。
今日もフランス南部に残る三階建てのポン・デュ・カール水道橋もローマ人によって作られたが、間違いなくこのような足場を組んで建設されたと推測されている。
中国大陸では、万里の長城建造の際、壁の量際に竹製の足場を組んでいたと考えられている。竹の足場は香港では未だに見ることのできる光景だ。90年代も2009年頃にも、竹柵(ジョンパン)は消滅していくのでは、などと噂されていたが、現在も現役で高層ビル建築の現場でも使用されている。鉄の足場に比べて数倍安価で、持ち運びも解体組み立ても簡単である。
また高温多湿の香港では鉄は錆びやすく、竹は湿気を浴びるとよりしなり頑丈になる。足場が崩れても竹材なら影響は鉄ほど大きくはないことも特徴だ。足場を組むには資格が必要で、2013年には1300人のみ。この少なさで香港全土の竹足場組みを回していたのである。
足場と炎が街を覆う時
日本の足場の歴史は日本画に見ることができる。
「松崎天神縁起絵巻(重要文化財)」は防府天満宮創建の由来を色鮮やかに描き出す、鎌倉時代を代表する絵巻で1311年頃に描かれたとされている。
絵巻の中には建造過程を描いた部分があり、柱の周りに木製足場が組まれているのを確認することができる。半裸の大工(番匠)たちが足場の梯子を足軽に登っている。
「真柴久吉公播州姫路城郭築之図」には、羽柴秀吉が居住とした1580年あたりの播磨灘を背景に築城中の姫路城のようすが描かれている。実際には江戸時代に作られた浮世絵なので、想像で描かれたと思われるが、築城中の城に大掛かりな木製足場が組まれているところが確認できる。江戸時代の建築手法と鳶職の人々の働きを生き生きと反映している(浮世絵販売時は徳川期であり、豊臣の名はあからさまに書けなかったため羽柴を真柴、秀吉を久吉と記している)。
江戸時代は丸太の足場が使われていたが、足場の長さの均等さからも、足場の技術が思考錯誤の上完成されていたと言えよう。
江戸の花形といえば大工、左官、鳶の三職で、いずれも江戸の町を築いた立役者であるが、特に鳶職は足場とゆかりが深く、主に木造家屋の建築現場で足場の架設や足場上での作業を行っていた。また、高所に慣れていたため火事の現場でも活躍した。
江戸は火事が多く、木造長屋が連なる街並みで火消は死活問題であった。江戸時代の消火活動は消化活動は竜吐水という小さなポンプで水を撒くだけで、あとは延焼しそうな家屋を先回りして予防として倒壊させる破壊消防が中心であったため、家屋の構造を知り尽くした鳶職人たちが消防組織の先頭に立ち解体を行っていた。当時の鳶職人たちは火消し中は組名が書かれた羽織りを着て、火消しが終わると裏に返し羽織り全体を覆う派手な絵柄を見せながら町を練り歩いたと言われている。鳶はまさしく、江戸のヒーローだった。
足場が創るメトロポリス
明治時代に入るとより足場の技術は洗練されていく。
浅草寺五重塔は明治19年に改修工事を行っているが、その際、改修費用の工面の為に、工事の足場に有料で登らせている。その時の様子を描いた浮世絵も残っており、木製の非常に洗練され安全性も高かったと推測される強固な足場が描かれている。
一般客が登っても安全なように、スロープ状の足場が組まれ、人々がその周りを登って見物した。塔に登るという企画は、谷中の天王寺や京都の東寺、奈良の興福寺など様々な寺院で行われていたものである。
1930年のエンパイアステートビルディングの建設風景を見ると、Steel grinde(鉄鋼製の桁)に乗って作業していることが分かるように、アメリカではサンフランシスコのBEATTY SAFWAY SCAFFOLD社など、鉄鋼製の足場が広く使われていた。
日本でも、1953年に建設会社の技術者会による会合にて足場の鋼製化が検討されはじめ、それまでの木製に代わり一気に実用化に舵がきられた。当初は足場を組み立てキャスターをつけた移動式足場がメインだったが、天井の高い当時の銀行などの建物の内部補修に際して小回りが効き、また再利用可能なため重宝された。
1954年には大手町の東京産業会館建設にあたり、日本初の鋼鉄製単管足場が使用された。1958年には東京タワーも建設されるなど、海外の技術を即刻取り入れて国内に向けてアジャストし、より良いものを作り上げていくスピード感には驚かされる。まさに戦後から現在に至る、足場、基礎を築く、激動の時代だったに違いない。
人が存在する限り
今日足場は、足場を専門に搬入、組立、解体、搬出する職業として分業化されていることも多い。またそうした現場に足場のみを貸し出すレンタル業も盛んである。
足場を実際に使うのは他の職人たちになるが、実地調査を行い綿密な設計図を作成して足場組みをすることは、建設現場の安全性を一手に担っているといっても過言ではない。
建設需要がある限り(すなわち当面は人類が存在する限り)足場と建築の現場需要は常に有り、また2021年の超高層マンション建設予定が前年比2.5万戸増加するなど、そのニーズは高まり続けている。
足場需要が増え続ければ、建設会社や足場会社でまかなえる足場の在庫にも限りがでてくるため、足場レンタル業は更に注目されるべき業界だと言えるだろう。
限りある在庫がうまく現場ごとに回るように、在庫需要予測にAIも導入され始めている。
さらに、より安全な現場を構築することを目標に足場の技術革新研究も日夜行われている。明治から昭和が建設業界にとって激動の変化の時代だったように、数十年先には私たちが想像もしえなかった建設の未来が待っているかもしれない。
ラスコーの古代人たちが、手の届かない場所に絵が描きたいと切望し木を使って足場を立てたように、人々がピラミッドをより大きく高くしようと工夫し続けたように、これからも、人類が何かを建てたいと渇望し、高みを目指して登り続ける限り、足場は組み上げられ続けていくだろう。
参考文献
朝堂院の北東隅を確認 大極殿院の工事足場も:朝日新聞デジタル (asahi.com)
平城宮跡・平城京跡の発掘調査 平城宮跡発掘調査部
AN00181387_1996_12_23.pdf (nabunken.go.jp)
竹の足場職人 香港ポスト
http://www.hkpost.com.hk/history/index2.php?id=7581
なぜ香港の工事現場は、竹で足場を組むのか? IT media ビジネス online
https://www.itmedia.co.jp/makoto/articles/0811/14/news049.html
Springer Nature, “Archaeological and Anthropological Sciences”
Online ISSN: 1866-9565 Print ISSN: 1866-9557
The Rise and Demise of Egypt’s Largest Pyramids: A Builder’s View. Structure magazine
https://www.structuremag.org/?p=1860
Scaffolding Through the Ages. Allscaff access:https://www.allscafaccess.com.au/scaffolding-through-the-ages/
Access to the walls. Lascaux cave officials
https://archeologie.culture.gouv.fr/lascaux/en/access-walls
日埜直彦著「日本近現代建築の歴史ー明治維新から現代までー」株式会社講談社、2021年
吉田鋼市著「西洋建築史」森北出版株式会社、2007年
藤森照信「人類と建築の歴史」株式会社筑摩書房、2005年
伊藤 甘露
ライター
人間、哲学、宗教、文化人類学、芸術、自然科学を探索する者