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コジモ・デ・メディチとエンジェル投資家は同じ空を見ている

コジモ・デ・メディチとエンジェル投資家は同じ空を見ている

映画「バタフライエフェクト」などで著名なハリウッド俳優アシュトン・カッチャーは、実は投資家としても成功している。世界のタクシー事情に大変動をもたらした「Uber」、旅して泊まるという概念を完全に変えた「Airbnb」や「Spotify」など、名だたるユニコーンカンパニーに出資し、巨万のリターンを得てきた。

また、現オラクル、サンマイクロシステムズの共同創業者であるアンディ・ベクトルシャイムは、1998年、偶然出会ったスタンフォード大学の学生二人の可能性を見抜き、10万ドルの投資を瞬時に決定した。それが後のGoogle創業者であるラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンであったことは、非常に有名な逸話である。

こうした、ベンチャー企業の創業期である「シード」から事業化期「アーリー」にかけて資金提供を行い企業を支援する人々を『エンジェル投資家』と呼ぶ。

エンジェルはあなたにも降臨する


「エンジェル投資家」の成り手は過去に起業した成功者が多く、自己資金を投じて会社の評価が定まっていない起業したての会社に投資をしてきた。もともとはアメリカで誕生した言葉であり、エンジェル投資家からの資金援助を受けることによって後に大きな成功を遂げた起業家も少なくない。

エンジェル投資家はその名の通り、手を差し伸べ金銭面で支えてくれるだけでなく、彼ら自身が構築してきた人脈を紹介してくれたり、経営を助けるための相談役をかってくれることもある、まさしくベンチャー企業への天からの救いである。

もちろんベクトルシャイムのGoogleへの投資のように、超ホームラン級のリターンが得られる可能性もあるが、殆どのエンジェルは初めからリターン目的で数学的分析を用いて投資をするのではなく、純粋に創業者やそのアイディアに惚れ込んで支援を行っているとも言えるだろう。それがエンジェルが「エンジェル」たる所以である。

起業家をまるでパトロンのように支えてくれるエンジェル投資家という特殊な人々。ここで思い浮かぶのは、ルネッサンスの庇護者であったイタリアの大富豪、メディチ家である。
ラファエロやボッティチェリ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、など多数の偉大な芸術家をパトロンとして支え、富と権力と美の探求者であり、都市と文化の繁栄の大きな立役者であったメディチ家と、現代のエンジェル投資家たちの共通点を探ってみたい。

輾転反側する都市を統べるもの


フィレンツェの街を、かのダンテは「輾転反側する町」と言い表した。体制や権力図が常に変化する都市として、ダイナミックな権力者たちの富と栄華の興亡を見つめてきた。メディチ家はここで栄え、メディチ邸、ヴェッキオ宮殿、ウフィツィ美術館、ヴァザーリの通廊、町の至る所に彼ら一族の産物が残る。

もともとは地方の出身とされているが、一族の誰かがフィレンツェに移り住み、そこで金貸しなどを生業としていたという。その後、ジョヴァンニ・デ・ビッチ・デ・メディチが銀行を設立したことで、メディチ家は一気にフィレンツェ屈指の大富豪となった。これがこの後一世紀の栄華を誇った『メディチ銀行』の誕生である。

様々な支店を持つことでリスクを分散しながら収益をあげ、更に枢機卿への融資を行うことで、ローマ支店の収益が全体の50%に至るまでになり、ついにローマ教皇庁筆頭銀行の座につくこととなった。

銀行での利益は金融や織物製造、不動産などに再投資されたが、宗教建築にも巨額の投資が行われた。ルネッサンス勃興期とメディチ家の繁栄が重なり、彫刻家のギベルティや建築家のブルネレスキがその恩恵を受けた。

大投資家コジモは人と文化を育てる


メディチ家最大の芸術のパトロンは、ジョヴァンニの息子であり後継であったコジモ・イル・ヴェッキオ・デ・メディチであると言っても差し支えない。

コジモの時代にメディチ銀行は絶頂期を迎え、その権力は市政を裏で完全掌握するまでに至った。ルネッサンス芸術へのパトロネージはもはや個人の域を超えて、政府と競うほどの規模になった。

最初は様々な宗教建築の修繕や建立に資金を投じており、これは金儲けの罪悪感を拭うため、「地上の財産」を神の為の建築に使うようになったと言われている。帳簿上宗教建築への投資は、「神への貸し付け」と記録されている。巨万の富を得たことに対する多少の後ろめたさから、それを神へ(ひいてはそれを享受する民衆へ)の支援としてこの世へ還元していたというのは、投資による収益などを度外視した興味深い視点である。

もともとコジモにはラテン語を幼少期から学ぶなど古典の文化的教養があったため、古典文献の収集にも力を入れていた。フィレンツェ最大の写本収集家がその蔵書を手放すことになった際は、800巻にも及ぶ文献を引き取りサン・マルコ図書館を創設した。これはヨーロッパで一般に公開された最初の図書館とされている。彼らのような資本家と学者のおかげで、今も私たちはローマ時代の書物を読めているといっても良いだろう。

また建築家ミケロッツォ、彫刻家ドナテッロ、画家フラ・アンジェリコとフィリッポ・リッピなどへ投資を行っており、特にマウリシオ・フィツィーノの例は特筆すべきだろう。

フィツィーノはまだ無名の頃にコジモに見出され、コジモの投資によって生活全般の費用と師を得て勉学に励み、当代一のプラトン学者となった。プラトン研究という方向性も、フィレンツェを訪れた多くのギリシア人古典学者によるプラトン研究の講義をコジモが熱心に受講していたからで、コジモの意向でもあったのだろう。その後コジモは「プラトン・アカデミー」というプラトン研究の私的サークルを設立することを思い立ち、フィチーノはその中心人物となった。

こうした投資によって、コジモはルネッサンス文化勃興の影の立役者となり、フィレンツェの人民全体の文化的素養の向上に尽力した。

コジモによって建てられたサン・マルコ修道院内に図書館がある(フィレンツェ)

自身の資金を惚れ込んだ人物に投じ、自身の人脈とアドバイスを駆使して大成へと導くという点で、コジモはルネッサンスという時代最大のエンジェルだったと言っても間違いではないであろう。

芸術の庇護者になる方法


現代日本のエンジェル投資家の中にも、コジモのように文化的素養を持っているが故のベクトルで芸術家に投資(という支援)を行っている人物もいる。

GMOペパボ、CAMPFIREの創業者、連続起業家でエンジェル投資家である家入一真氏が、もともと画家を目指していたことはあまり知られていない。優れた起業家だからこそ、SNSに自身の購入した現代アート作品を続々とアップしたり、様々なアーティストの個展に姿を現すようになり始めたことで、投機目的なのではと勘ぐる人もいたであろう。しかし、かつて自身も東京藝大を目指していた家入氏の支援の動機は非常に純粋で、『美術手帖』でのインタビューにはこのように語っている。

「いまでも作家さんと話すのは気恥ずかしくて、購入した後の搬入のときにお会いすることが多いです。その意味でも、金銭的なリターンを期待しているよりは、彼らがそれまでどのような人生を送ってきて、作品をつくるに至った『物語への参加券』を買っているような感覚です」

若い現代芸術家の大作を積極的に購入し自社オフィスに展示の場を設けたり、ギャラリーや表現の場を事業として提供したり、またCAMPFIREによるクラウドファンディングは今も様々な人々の夢を叶え続けている。家入氏は自分がなりたかった”アーティスト”という道を、彼が生み出した独自の方法で影ながら実現しているのかもしれない。

グロービス経営大学大学院の創業者である堀義人氏は、芸術作品への”ベンチャーキャピタル的アプローチ”として、同世代の芸術家へ投資することを推奨している。
堀氏は、その画家がいずれ有名になれば、購入した絵画の価値は何十倍にも跳ね上がる可能性のある長期的ハイリターンを秘めていると指摘する。しかし本当に作品が気に入っているのであれば、作家がマーケット上で大成しなくても失うものはないとも語る。

それは、好きな作品をただ眺めることが既に人間の至福だからであり、ここからも惚れ込んだ起業家やプロダクトの描いている夢に資金という“参加券”で乗り組むエンジェル投資家たちの基本姿勢を感じさせる。

大富豪ハデンの夢


映画「コンタクト」に出てくる風変りな大富豪ハデンは、地球外生命体を探すエリー博士に巨額の出資を行い、宇宙の真理へ近づく鍵を与えた。スポーツチームを簡単に買えるような富があれば大学の基礎研究に投資することも可能だろう。ベンチャー企業へ出資するより更に長期的なリターンを目指すことになるが、それは人類の足跡への大きな支えとなり、ただ富を持て余すより更に心を豊かにするに違いない。

もちろん研究者はその独立性を常に確保し、投資家の意のままになってしまうことは避けなければならない。これはエンジェルによる株式保有率と企業内での権限などとうまく兼ね合いを持たねばならぬことに近いだろう。

シリコンバレーでは、成功した起業家は皆その資金と積み上げてきた知見をエンジェルとして更に若手の起業家へと提供し、スタートアップ業界のエコシステムの重要な一翼を担っている。得たものを惜しげもなく他者へ共有していくという育成文化は、業界全体を活性化していく重要な手段であり、”ペイフォワード”の精神は日本がこれから更に取り入れるべきものであると言えよう。

またキャンドル創業者の金靖征は、『エンジェル投資家とは何か』(小川悠介著)の中で、「自分の会社だけでは社会に大きなインパクトを与えることができないかもしれない。エンジェル投資でスタートアップ企業を次々と育成し、日本社会に変革を起こしたい」とも語っている。

エンジェル投資家たちが未来ある者たちの庇護者であり、育成者であり、文化や変革のパトロンであるなら、その追い風がもたらす社会への力は、コジモ・デ・メディチがもたらしたルネッサンスの栄華のように、我々人類の発展へ大きな影響と恩恵をもたらすかもしれない。

参考文献

美術手帖 2020年12月号「特集 絵画の見方」美術出版社
福原義春著「企業は文化のパトロンとなり得るか」株式会社求龍堂、1990年
中嶋浩郎著「図説メディチ家〜古都フィレンツェと栄光の『王朝』」河出書房新社、2000年
小川悠介著「エンジェル投資家とは何か」株式会社新潮社、2019年
松本典昭著「図説メディチ家の興亡」株式会社河出書房新社、2022年
内藤正人著「浮世絵とパトロン」慶應義塾大学出版会株式会社、2014年
ティム・パークス著「メディチ・マネー〜ルネサンス芸術を生んだ金融ビジネス〜」株式会社白水社、2007年
クリストファー・ヒッバート著「メディチ家〜その勃興と没落〜」株式会社リブロポート、1984年
増田裕介著「エンジェル投資家だけが知っている55の思考術」サンライズパブリッシング株式会社、2021年
ジェイソン・カラカニス著「エンジェル投資家」日経BP社、2018年

WRITING BY

伊藤 甘露

ライター

人間、哲学、宗教、文化人類学、芸術、自然科学を探索する者

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