BUSINESS
世界各地で広がる「バーティカルファーミング」とは何か?
目次
アメリカの市場調査会社マーケッツ・アンド・マーケッツによると、農業の常識を変えるとも言われているバーティカルファーミングの市場は今後年率25.0%の成長率で成長を続け、2026年までに97億ドル(約1兆3095億円)規模に到達するという。バーティカルファーミング市場拡大の背後には何があるのか。その現状に迫る。
バーティカルファーミングと従来型農業の違い
バーティカルファーミング(Vertical Farming)とは、土地をバーティカル(垂直)に使い、棚などを利用して作付面積を上へ伸ばしてゆくタイプの農業のことだ。ちなみに、土地をホリゾンタル(水平)に使い、作付面積を横へ広げてゆくタイプの従来型の農業のことをホリゾンタルファーミング(Horizontal Farming)と呼ぶ。バーティカルファーミングは、日本語では一般的に「垂直農業」と訳される。
バーティカルファーミングでは通常、工場などの屋内で野菜や果物が生産される。屋内は生産に適した温度管理がなされ、日光の代わりにLED照明が使われる。多くのバーティカルファームでは水耕栽培が行われており、農薬はまったく使われていない。また、自然環境に生産が左右されないので年間を通じた生産が可能だ。例えばアメリカの一般的なスーパーマーケット位の大きさのバーティカルファームでは、700エーカーのホリゾンタルファームと同等の生産量が確保できるとされている。
農業の常識を変える!? バーティカルファーミングの5つのメリット
そんなバーティカルファーミングだが、メリットは何だろうか。一般的には、大きく5つのメリットがあると言われている。
生産の安定性
バーティカルファーミングの最大のメリットは生産の安定性だ。上述の通り、バーティカルファーミングは自然環境に生産が左右されず、生産の安定性が確保しやすい。ホリゾンタルファーミングのように台風や大雨などの被害を受けることもなく、四季に関係なく野菜や果物をつくることが可能だ。
土地利用の効率性
バーティカルファーミングは土地利用の効率性も高い。作付面積を上へ伸ばしてゆくので、ホリゾンタルファーミングのように一定の広さの土地を必要としないのだ。また、多くのバーティカルファーミングでは土を使わないので、土のない都市部などでも展開が可能だ。実際に、アメリカのバーティカルファームの多くは消費地に近い都市部で運営されている。
水を使わない
バーティカルファーミングでは水を使わないのも特徴の1つだ。多くのバーティカルファームでは水耕栽培が行われており、ホリゾンタルファームのように大量の水を必要としない。あるバーティカルファームでは、作物の根に養分を含んだ水を噴射するタイプの水耕栽培を行っていて、一般的なホリゾンタルファームが使う水の使用量を最大で95%削減できると言われている。
農薬を使わない
バーティカルファーミングでは農薬を使わないのも大きなメリットになる。多くのバーティカルファームではクリーンルーム並みの厳しい衛生管理がされており、害虫やウィルスなどの侵入を防いでいる。農薬なしで栽培された野菜や果物は、洗わずにそのまま食べることができる。
土を使わない
ほとんどのバーティカルファームでは土を使わない。ホリゾンタルファームのように一定の量の土を必要としないので、土確保のためのリソースを投じる必要がない。また、土壌汚染などの心配をする必要もない。
都市部から砂漠国まで、続々と誕生するバーティカルファーム
実際に、アメリカでは都市部を中心にバーティカルファームが相次いで誕生している。さらに、砂漠国であるUAEのドバイにもバーティカルファームが開設されている。これに関連する事例を2つほど紹介しよう。
事例紹介:バウリー・ファーミング(アメリカ・ニューヨーク)
バウリー・ファーミング(Bowery Farming)は、著名起業家アービング・フェインが2015年に設立した、ニューヨーク・マンハッタンに拠点を置くバーティカルファーミングのスタートアップ企業だ。同社はこれまでにベンチャーキャピタルなどから総額で4億7200万ドル(約637億2000万円)もの資金を調達。ニュージャージー州、メリーランド州、ペンシルバニア州の合計3拠点のバーティカルファームを運営している。
バウリー・ファーミングのバーティカルファーミングの特徴は、大都市部においてバーティカルファーミングを展開していることだ。ニューヨーク州、ニュージャージー州、メリーランド州、ペンシルバニア州というニューヨーク首都圏を構成する州の消費者に対し、バーティカルファームで生産した各種の野菜や果物を供給している。同社の野菜や果物は、ニューヨーク首都圏の850店舗のスーパーマーケットで購入可能だ。
完全無農薬で栽培された同社の作物は、リベラルで環境意識の高いニューヨーク首都圏の消費者に大いに受け入れられ、同社の売上は前年比で750%も増加。また、潤沢な資金とともに、同社はアメリカの他の都市部への進出を計画している。同社の発表によると、現在テキサス州アーリントンとジョージア州ロカストグローブの2箇所でバーティカルファームを開設する予定だ。
事例紹介:クロップ・ワン(UAE・ドバイ)
クロップ・ワン(Crop One)は、ドバイに拠点を置くUAEのバーティカルファーミング企業だ。同社は、ドバイ国際空港そばの敷地内で広さ33万平方フィート(約9,274坪)の「世界最大のバーティカルファーム」を運営している。
一般的なホリゾンタルファームが使う水の使用量を最大で95%削減できるとする同バーティカルファームでは、レタス、アルグラ、ほうれん草、サラダグリーンなどの野菜が生産され、スーパーマーケットなどへ卸されるとともに、株主であるエミレーツ航空の機内食としても利用されているという。
農業不毛の地である砂漠の国でバーティカルファームを立ち上げるという壮大な挑戦は、早くからメディアの注目を浴び、世界中のバーティカルファーミング関係者の関心を集めてきた。
「新鮮な地元の食べ物に対する需要を満たし、サステナブルな未来を構築する」というミッションを掲げるクロップ・ワン。先駆けとなるドバイのバーティカルファームが、農業を展開する上でハードルを抱える他の国にとってのプロトタイプとなる可能性は高いだろう。他の砂漠国を含む、多くの国がその行方を見守っている。
バーティカルファーミングでサステナブルな地球の未来を
現在、人類共通の問題として世界的な水不足、食料不足、エネルギー不足が深刻化しており、地球全体のサステナビリティに疑問が投げかけられている。特に水不足は深刻で、ユニセフによると、全世界の40億人が毎年最低一カ月間水不足に苦しんでいるという。また、現在約20億人が「水資源が不適切なエリア」に住んでおり、2025年までに世界人口の約半分が「水不足が深刻なエリア」で暮らさざるを得なくなるリスクがあると言われている。
深刻化する水不足や水資源の問題に対し、バーティカルファーミングが解決の一助になる可能性は高いだろう。従来型のホリゾンタルファーミングが膨大な量の水資源を浪費する中、水をそれほど使わないバーティカルファーミングは、やはり魅力的に見える。バーティカルファーミングと地球のサステナビリティとは決して無関係ではない。現在、世界各地でバーティカルファーミングが広まっていることには、それ相応の理由がある。
参考文献
Markets and Markets “Vertical Farming Market worth $9.7 billion by 2026”
https://www.marketsandmarkets.com/PressReleases/vertical-farming.asp
BBC Science Focus “Vertical farming: Why stacking crops high could be the future of agriculture”
https://www.sciencefocus.com/science/what-is-vertical-farming/
Conserve Energy Future “Advantages and Disadvantages of Vertical Farming”
https://www.conserve-energy-future.com/advantages-disadvantages-vertical-farming.php
Bowery Farming “Vertical Farming Advantages You Should Know About” https://boweryfarming.com/vertical-farming-advantages-you-should-know-about/
Bowery Farming https://boweryfarming.com/
Crop One https://cropone.ag/
UNICEF “Water Scarcity”
https://www.unicef.org/wash/water-scarcity
前田 健二
経営コンサルタント・ライター
事業再生・アメリカ市場進出のコンサルティングを提供する一方、経済・ビジネス関連のライターとして活動している。特にアメリカのビジネス事情に詳しい。