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北欧流・自己実現のための「リカレント教育」とは?

北欧流・自己実現のための「リカレント教育」とは?

リカレント教育の“本来の意味”とは


AIやIoTの導入による働き方の変化や、コロナ禍によって生まれた日常の隙間時間をどう活用するかといった視点から、リカレント教育がいまクローズアップされている。「リカレント(recurrent)」は、循環するもしくは再発するという意味。学びは20代までのものではなく、学校教育を離れ社会人になってからも、「学び直し」によって自身の啓発やキャリアアップにつなげようとする考え方だ。

The Japan Timesの報道によると、日本政府は2023年までに個人に対するリカレント教育の支援策として、今後5年間で1兆円規模へ計画を拡大する予定だ。(※1)

ただ、日本では自らの好奇心を満たすためのリカレント教育、つまり生涯をかけて学ぶという文脈は弱い。どちらかといえばビジネスパーソンのためというイメージが強いのではないだろうか。

私が留学している北欧・デンマークでは、25〜64歳の3人に1人が何らかの継続した教育コースを受講している(※2)。子育て真っ最中の人も、キャリアとして成功した後も、教育機関やコースに参加して知識を磨き続ける。北欧のリカレント教育をのぞいてみよう。

労働と余暇を繰り返すリカレント教育


リカレント教育の歴史は、思っているよりもずっと長い。1973年にOECD(経済協力開発機構)の教育研究革新センターが報告書で公表したのが始まりとされる(※3)。報告書には、青年期に集中していた教育を全生涯にわたって労働と余暇を繰り返しながら行うと記されていた。

OECDで発表されたことを受けて、世界にリカレント教育の概念が広がっていく。とりわけヨーロッパではリカレント教育が積極的に取り入れられ、北欧諸国ではリカレント教育に対する制度が充実している。

例えば、スウェーデンの教育庁のサイトを開くと、スウェーデンの学校制度として「大人のための教育プログラム」が小中学校などの義務教育と肩を並べている(※4)。地方自治体が運営する「Komvux(コンヴィックス、成年教育学校)」と呼ばれる教育機関には、社会人向けの教育プログラムが数多くある。20歳以上で義務教育または後期中等教育を受けていない成人を対象とし、就職の際に求められる高等教育専門学校や、大学進学準備のためコースまで幅広く用意されている。

フォルケホイスコーレで「自分とは何か」を学ぶ


デンマーク発祥の教育機関フォルケホイスコーレ(デンマーク語でhøjskole)も、北欧を代表するリカレント教育の一つだ。デンマークの哲学者・牧師・政治家、ニコライ・フレデリク・セヴェリン・グルントヴィが、近代国民国家形成を促進させた国民的ロマン主義が発展した1830 年代に、フォルケホイスコーレの概念を生み出した(※5)。

フォルケホイスコーレのシステムは、実にユニークだ。入学試験と成績評価はない。全寮制で、生徒と教員が衣食住を共にする。当時あった社会的階級を超えることを目的に、教育的な知識に集中するのではなく、一緒に歌を歌ったり、楽しい時間(デンマーク語でヒュッゲ)を過ごしたりすることも目的とされていたからだ。

現在では、デンマーク国内の「ノンフォーマル成人教育」に分類され、デンマーク国内に70校と300を超える長期と短期コースがある。その目的はコースや活動に出発点を設けることとされ、個人の一般的および学術的な洞察とスキルを高め、自分の人生に責任を持つ能力と欲求を高めること(※6)と設定されている。

私の北欧でのリカレント教育


29歳で留学することを決め、コロナ禍もあって31歳になってからデンマークのフォルケホイスコーレの長期コースへ留学することになった。私は持続可能性を学ぶため、持続可能なライフスタイル「パーマカルチャー」がコースにある学校を選んだ。

フォルケホイスコーレでの日常は、「共に暮らし、共に学ぶ」という言葉がしっくりくる。さまざまなバックグラウンドを持つ学生と教師が、お互いをケアしあって、まるで家族のような密接さの中、それぞれの学びを深めていく。

学校には他にも音楽、アート、テキスタイル、陶芸など、さまざまなコースや選択科目が用意されている。教員たちはその分野のプロフェッショナルで、原則修士号を取得している。カリキュラムは非常に柔軟性が高く、生徒のアイディアをどんどん取り入れていく。やりたいことを実現するのはもちろんのこと、フォルケホイスコーレに滞在することで潜在的な興味や関心を見つけることも可能だ。

学校での言語は、基本的にデンマーク語。ただし、留学生を受け入れている学校では英語の通訳がある。またコースも英語で対応している場合が多いだけでなく、デンマーク人は流暢な英語を話すので、コミュニケーションに困ることはない。

もう一つの特徴として、授業には正解がないことが多い。それよりも、自己との対話をより重視する。自分の意見を考える中で、今までは気がつかなかった考え方のバイアスや、好きなことや嫌いなこととじっくり向き合う。同時に日本社会との違いや、社会の仕組み、問題を対話の中で見つけていく。

人生を豊かにするため学びを続ける


日本でフォルケホイスコーレというと、一般的にロングコースを意味する。しかし、実は17歳以上であれば誰でも参加できる4か月程度のロングコースと肩を並べて、1週間程度のショートコースもフォルケホイスコーレの代名詞ともいえる。

ショートコースに参加するのは、50代以上の世代がメインだ。残念ながら英語に対応していないことが多いが、デンマーク子ども・教育省によると、短期コースには年間約 45,000 人、長期コースには約 8,000 人が参加している(※6)。

私の学校には、芸術・自然・陶芸・ダンス・政治・ヨガなど、さまざまな種類のショートコースが用意されている。比較的自由時間が多い長期コースに比べ、ショートコースは朝から夜までびっしり詰まったスケジュールをこなし、それぞれの知的好奇心を満たす新たな体験に挑戦する。

芸術のコースに参加していた50代の友人に参加した理由を聞いた。「芸術を学び、自然を楽しみ、リラックスしたかったから」と答えが返ってきた。教師の資格を持つ彼女は大学卒業後、高等教育機関に2度入った経験があるという。

また10代の子ども2人がいる友人も、「リラクゼーションのコースに参加したことがある」とのこと。「私にとってコースに参加することは、趣味を深める一つ。人生を豊かにして、幸せを感じられるように。だから、自分の生活にプラスしたい分野に興味を持つことが多い」と教えてくれた。

リカレント教育は日本で根付くのか


デンマークではさらに、労働者に対するリカレント教育も手厚い。フレキシキュリティと呼ばれる雇用政策は、柔軟性を意味するフレキシビリティ(Flexibility)と、安全性を意味するセキュリティ(Security)を組み合わせた言葉。雇用者に雇用と解雇を柔軟に行えるようにすると同時に、労働者には十分な保証が与えられる(※7)。

この制度によって、充実した職業訓練プログラムが労働者に確保されている。失業者だけでなく、在職者に向けた職業訓練も豊富だ。「楽しみ」と「キャリア」のためのリカレント教育が並んで充実しているのがデンマークの特徴だといえるだろう。

日本型の終身雇用は大きな転換期を迎えている。文部科学省はリカレント教育の必要性について「誰もがいくつになっても学び直し、活躍することができる社会の実現。(中略)転職や復職、起業等を円滑に成し遂げられる社会を構築」としている(※8)。

私自身リカレント教育を経験して、デンマークでの学びは確実に私の人生を豊かにしてくれた。今まで出会うことのなかった学問や経験が、これからの人生に違ったスパイスとして加わったことは確かだ。

人生100年時代に、自分の心が豊かになる新しい学びが広がっていくか注視したい。

参考文献

※1 https://www.japantimes.co.jp/news/2022/09/29/national/politics-diplomacy/foreign-tourist-spending-target/
※2 https://denmark.dk/society-and-business/lifelong-education
※3 https://www.jstage.jst.go.jp/article/roee/1/0/1_50/_pdf/-char/ja
※4 https://utbildningsguiden.skolverket.se/languages/english-engelska/komvux
※5 https://danishfolkhighschools.com/about-folk-high-schools/what-is-a-folk-high-school
※6 https://eng.uvm.dk/adult-education-and-continuing-training/non-formal-adult-education
※7 https://www.hitachi-hri.com/keyword/k069.html
※8 https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/meeting/wg/koyou/20200409/200409koyou03.pdf

WRITING BY

Ayaka Toba

編集者・ライター

新聞記者、雑誌編集者を経て、フリーの編集者・ライターとして活動。北欧の持続可能性を学ぶため、デンマークのフォルケホイスコーレに留学し、タイでPermaculture Design Certificateを取得。サステナブルな生き方や気候変動に関するトピックスに強い関心がある。

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