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CULTURE

伝染病からAIが形づくる都市へ 。テクノロジーが醸成するシティプランニング

Aerial view of Barcelona with Diagonal Avenue and square blocks and Sagrada Familia

一本の街路の景色が、人が溢れる歩行者天国になったり、車間の広い道路になったり、カフェテリアのテーブル席がゆったりと道にはみ出した憩いの場になったり、大きな街路樹が道を彩ったりと自在に姿を変える。ヘルシンキを拠点とするスタートアップ「Urbanist AI」による生成AIで出力されるこれらの画像は、ヨーロッパに実在する通りであり、街の在り方について市民が議論するための視覚的材料として実用されている。

都市の様相は長らく政府と専門家主体で策定されてきたが、近年こうした都市計画の分野に様々なテクノロジーとAI技術が参入し始めている。建築や都市にデータを活用する「アーバンサイエンス」を軸に、変化しつつある街を見つめてみよう。

病原菌と大災害

Vintage illustration Ancient Rome during the plague of Justinian or Justinianic plague, a bubonic plague epidemic, after the painting by Adolf Hirémy-Hirschl

ギデオン・ショーバーグの「都市の起源と発展」では、コミュニティがエネルギーの殆どを食糧探しに使う部族社会から都市への発展についてこう説明する。

物事や知識を記録伝達する文字が生まれたことで知的エリートが生まれ、人々が定住化し狩りから穀物の生産へ移行、余剰穀物により生まれた農業に従事しない者たちが更なる技術発展を生み、都市化に貢献した。

記録上最古の都市は紀元前9000年パレスチナに位置した「ジェリコ」、そして考古学的発見上では、トルコの「チャタル・フュユク(Çatalhöyük.)」の最下層都市が起源7100年前に存在したことが分かっている。

Seventeenth-century illustration by Paul Fürst of a plague doctor in Rome, with a satirical macaronic poem.

都市形成の過程で「伝染病」は常に重要なファクターであった。

人類と伝染病の歴史は古く、古代エジプトのミイラにも天然痘の痕跡があるものも見つかっている。東ローマ帝国を中心に大流行したペストは、汚物の適切な都市排出が公衆衛生の常識として周知されるきっかけとなり、初期の下水処理構造が生まれた。

その後何度もヨーロッパで流行したペストにより、城壁で市街を囲み検閲の役目を持たせたり、路地が極端に狭く不衛生な街区を再整備、19世紀には公衆衛生思想に基づき下水道建設が最初の“都市計画事業”として行われた。

また都市計画のきっかけとして、大規模災害も影響を与え続けてきた。

ストックホルムは1640年頃から1世紀かけて何度も大火に見舞われ広範囲に渡って破壊されたため、あえて秩序だった都市計画を施行し首都機能を持つように再建した。シアトルも大火によって木造だった市街が大規模にダメージを受けたため、建物の1階部分を埋め立てて、その上に耐火機能を持つ都市を構築している。終戦後焼け野原になった東京にもヨーロッパに倣った計画都市案があったというが、こちらは実現しなかった。

車道の無い街

Barcelona, La Rambla

“近未来都市”と言えば、『ブレードランナー』や『AKIRA』のスチームとネオンに溢れたカオティックシティをイメージするが、実際の未来都市は市民の意見を最先端技術で取り入れ、人々の住みやすさを優先し、調和の取れたカームでリラクシングな場所になりつつある。

スペイン・バルセロナでは、「スーパーブロック」という歩行者空間化プロジェクトが大規模に展開されている。2030年までに市内全街路の60%以上を歩行者優先にすることを目指している。

実際にスーパーブロック化されたエリアでは、ベンチでくつろぐ人々や、卓球台で楽しむ人々、植木鉢や花壇の設置、緑豊かな公園のような空間、音楽イベントの開催など、多様なソーシャルスペースが生まれている。このプロジェクトでは市民が「Decidim」というデジタルプラットフォームを使い、どのような歩行者空間にするのかを自由に議論し決めている。プラットフォームで意見を集約することにより、仕事や時間に捕らわれず、其々が理想の街を実現するために参画している。

先駆けてパイロットモデルとなったバルセロナ「グラシア地区」の歩行者空間化からスーパーブロックプロジェクトを牽引してきた東京大学先端科学技術研究センター吉村有司特任准教授は、日本では珍しいコンピュータサイエンスの博士号と建築のバックグラウンドを併せ持つ研究者であり、AIを用いたビッグデータ解析で都市計画を研究・立案し、それを都市の効率性重視ではなく、住民の過ごし易さに還元していくことを重要視してきた。

吉村氏は2021年に歩行者空間化が街路の小売店・飲食店の売上が上がったというビックデータ解析研究論文「Street pedestrianization in urban districts: Economic impacts in Spanish cities」を発表。スーパーブロックプロジェクトの経済効果を実証しており、論文について世界中の様々な自治体から問い合わせがあったという。ソーシャル空間や住民のビジョンを優先した都市計画の相乗効果をデータサイエンスで可視化することで、この大胆かつ快適な都市計画を”実践してみよう”とデシジョンメーカーたちに思わせる動機や説得力を与えているのだろう。

吉村氏は「これまでは設計者が想像力を働かせて、街づくりや都市計画、建築をつくっていた。そこを、想像力ではなくサイエンスにする。データを取得し、分析した結果を空間デザインなどに生かしていく試みだ」と説明している。

吉村氏は生成AIの建築応用にも関心を寄せ、2019年に「Deep learning architect: classification for architectural design through the eye of artificial intelligence」というAIによる建築画像分析の論文を発表している。

名建築の画像を何万枚もAIに学習させ、自動的に有名建築家風の建築作品画像が生成できる。それら生成画像を実際の建築のイメージに落とし込むという手法は今世界中でホットトピックとなりつつある。

テクノロジーを駆使した都市計画では、より大きなインフラストラクチャーの問題解決策としてGoogleの「グリーンライト」プロジェクトが著名だろう。AIとGoogleマップの運転傾向を利用し、都市の交通パターンをモデル化、信号タイミングを最適化。赤信号での車両停止・発車時にかかる温室効果ガス排出を削減する効果をもたらしている。

また中国は広大な国土の急速な発展に伴い、都市計画とテクノロジー分野での研究も盛んであり、「Occupancy Simulator」という、古くなったオフィスビルなどを新しい用途に転用する際に人々がどのような用途に適応していくのかを予測するシステムや、人間に勝る都市計画立案を一瞬の間に生み出すことができる”AIシティプランナー”も既に完成しているという。

“醜く便利”な都市

Tokyo, Japan cityscape and expressway junction.

日本での都市計画にテクノロジーを応用する際、それによる効率や有効性が優先され、居住する人々が何を望むか、市民生活の質がいかに向上されるかが考慮されることは少なかった。

代表例として首都高建設が挙げられる。1950年代からモータリゼーションが急速に進展したが道路整備が遅れ、慢性的な交通渋滞が問題になった。渋滞の緩和と1964年に控えたオリンピックに向けて首都高速道路の建設が急ピッチで始まったため、公用地である川や川岸上空を塞ぐ形で整備され開通した。

都市としての利便性は解消されたが、皇居周辺や日本橋、隅田川などの景観は著しく害され、かつての美しさは失われた。もちろん近代産業発展のカオティックかつダイナミックな過程を伺い知る景観としての価値はあるが。

そもそも一部のエリアの住民を除いて、自身が居住する都市に対してビジョンを持つ人が少ないという国民性もあるが、これからの都市開発にもし居住者それぞれのシティビジョンが投影されたらどうなるのか非常に興味をそそられる。逆にシビックプライドが強いヨーロッパ都市では、市民の意見を無視して都市計画を行うことは不可能である。だからこそ人々の意見を集約して理想の都市を実現してゆく為に逆にテクノロジーを利用している。

吉村氏は、日本で都市計画や建築に関わる人々にコンピュータサイエンスのバックグラウンドを持つ人がいないことも指摘している。ITは産業にとって最も重要な技術であるにも関わらず、日本のGNPに対して大きな割合を占める都市・建築においてむしろ敬遠されてきた。データサイエンスと建築と都市計画の融合は「アーバンサイエンス」という学問として欧米では先駆的に取り組まれてきたフィールドであり、これからの日本の都市形成にも、AI技術参入により必要な人材となるだろう。

AIの民主化であなたが街を創る日

Nihonbashi bridge/ starting point of Japan's road network

今、誰もが手元のデバイスでAIを使えるようになったことで、これまでになくAIの民主化が進んでいる。

日本でAIを使った市民直接参画型都市計画がすぐに機能するかは未知数であるが、新しい都市形成の在り方としてこれから私たちの住む街に影響を与える未来も遠くない。”こういう街だったら良いのに”を夢想したり理想の場所を探し引っ越しを繰り返すのではなく、住みながらにして実現することも不可能ではないのだ。

「日本橋川上空に青空を」というテーマで、現在首都高の日本橋区間地下化が進んでいる。老朽化対策として耐震化し地下に再構築する目的と、日本橋地域の再開発、そして何より”美しい江戸の景観を取り戻す”ための利害が一致し実現することになった。

当然国交省と東京都が先導しているが、「名橋『日本橋』保存会」という失われた日本橋地区景観を愛する人々によって強く働きかけが行われたため後押しされたと言われている。道行く人々も、首都高下にどんより淀んだ麒麟像を見上げるのではなく、ここに何も無かったらな、と一度は思ったことがあったかもしれない。そうした小さな声を、これからのテクノロジーは拾い集めることができるだろう。

デジタル技術はコミュニケーションを促進し、コミュニティを醸成する。これからの都市は、居住する人と人とが自ら意志を持って創り上げてゆくものなのかもしれない。

参考文献

Yoshimura, Yuji, B Cai, Z Wang, C Ratti (2019) “Deep learning architect: classification for architectural design through the eye of artificial intelligence”
,Computational Urban Planning and Management for Smart Cities 16, 249-265
Yoshimura, Yuji, Y Kumakoshi, Y Fan, S Milardo…(2022) “Street pedestrianization in urban districts: Economic impacts in Spanish cities”, Cities ,120, 103-468
Yu Zheng, Y Lin, L Zhao, T Wu, D Jin & Y Li (2023) “Spatial planning of urban communities via deep reinforcement learning”,Nature Computational Science volume 3, pages 748–762
サイエンティフィックアメリカン、中江利忠訳「都市の科学」紀伊国屋書店、1966年
大森弘喜著、「1832年パリ・コレラと「不衛生住宅」-19世紀パリの公衆衛生-」
https://www.seijo.ac.jp/pdf/faeco/kenkyu/164/164-oomori.pdf
Green Light by Google
https://sites.research.google/greenlight/
「今すぐ人材開発が不可欠、「AI×ビッグデータ×建築・都市」の世界的拠点つくる」日経X Tech
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00822/062500009/
「KDDIと三井物産、位置情報とAIで都市計画を支援する「次世代型都市シミュレーター」を開発」KDDI
https://news.kddi.com/kddi/corporate/newsrelease/2021/03/19/5014.html
「都市における生成AIの可能性「Generative AI for URBAN PLANNING and DESIGN」レポート」新建築.ONLINE
https://shinkenchiku.online/column/8172/
Urbanist AI
https://site.urbanistai.com
“AI Can Build a Brighter Urban Future — If We Let People Have a Say” Bloomberg
https://www.bloomberg.com/news/articles/2024-03-13/ai-powered-urban-innovations-bring-promise-risk-to-future-cities
“Artificial Intelligence and Urban Planning: Technology as a Tool for City Design” Arch daily
https://www.archdaily.com/1012951/artificial-intelligence-and-urban-planning-technology-as-a-tool-for-city-design
「ビッグデータ活用で実現する市民参加型のまちづくり
東京大学 先端科学技術研究センター 吉村 有司氏に聞く(1)」IT批評
https://it-hihyou.com/recommended/ビッグデータ活用で実現する市民参加型のまちづ/
「都市づくりに新たな視点「アーバン・サイエンス」の可能性
東京大学 先端科学技術研究センター 吉村 有司氏に聞く(2)」IT批評
https://it-hihyou.com/recommended/都市づくりに新たな視点「アーバン・サイエンス/

WRITING BY

伊藤 甘露

ライター

人間、哲学、宗教、文化人類学、芸術、自然科学を探索する者