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生成AIの進化を目の当たりにして考える。「人間の強みとは何か?」
目次
「ここまで出来てしまうのか……」
感嘆の声を漏らすと、開発したエンジニアのメガネがきらりと光った。苦労したかいがあったのか、それとも朝飯前だったのか。しかし、その姿から達成感が滲み出ていたのは確かだった。
あのコストと時間を削減できる
あのプロジェクトが開始されて半年、エンジニアが開発したのは生成AIと表計算ソリューションを活用したコンテンツ自動生成ツールだった。データをインポートすると、あっという間に文章と画像が生成され、コンテンツは所定のフォルダに自動格納。文字で表現するとあっけない感じがするが、生成AIを使わないと外注して制作を依頼するため、それ相応のコストと時間がかかっていた。
開発が着手された頃は「できるかもしれない」と淡い想いを抱きつつ、現実的には難しいだろうと予想していた。
しかし、結果は大きく覆された。わずか半年でここまでできるとは……。エンジニアの技術力とともに生成AIの進化に改めて驚かされた。
ビックテックだけじゃない。生成AIを発展させるエコシステムの存在
実際、生成AIの進化はますます加速している。
生成AIを牽引するOpenAIは『ChatGPT-4o』をリリース。文章などの生成時間が大幅に短縮したのをはじめ、音声によるリアルタイムなやり取りも可能に。さらに言語の壁すら超えてしまう可能性まで示された。
OpenAIはAppleとの提携も発表。今後、iPhoneなどのデバイスにプリインストールされ、ユーザーが当たり前のように触れる日が訪れるかもしれない。iPhoneユーザーが約半数を占める日本への影響は大きそうだ。
生成AIで出遅れたとまで言われたGoogleの『Gemini』も、巻き返しを図りOpenAIとしのぎを削っている。識者のなかからは「盤石な体制を整えつつある」という声も上がり、今後Googleの各サービスにどのように組み込まれるか注目が集まっている。
さらに、OpenAIやGoogle以外に生成AIには有力なプレイヤーが雨後の筍(うごのたけのこ)のように現れ、エコシステムを形成しようとしている。例えば、『Claude』は文章生成においてOpenAIなどと双璧をなすと高い評価を受けている。プログラミングも得意で、生成するだけでなくリアルタイムでアプリケーションの動作検証を行うことも可能だ。
この他にも動画生成など用途を特化した生成AIツールが数多くある。ここで全てを紹介するのは不可能なので、興味のある方はぜひ調べてみてほしい。
従業員や資本は、企業にとって不要に?
ここまでの生成AIの進化を見る限り、冒頭のコンテンツ自動生成機能はまだまだ序の口なのだろう。生成AIを活用して何ができるのか。現在進行形で、世界中で模索が続いている。
その究極の形が「1人ユニコーン」かもしれない。
2024年2月、OpenAIのサムアルトマンCEOは「AIを活用すれば、1人で時価総額10億ドル(約1500億円)規模の会社を作れる」と発言し、大きな衝撃を与えた。
同時に、もしこのような企業が台頭してきたらどうなるのか。これは私たちが当然と考えていた「資本主義」が根本から覆されることになるかもしれない。
例えば、企業活動において資本や人は必要不可欠だった。関連する研究も行われ、数多くの理論も登場した。それに基づく国の政策も立案され、日本で注目を集めつつある「人的資本経営」もその1つといえるだろう。
ところが1人ユニコーンにおいて、もはや従業員は存在しない。従業員がいなければ、その分のコストもかからず、資本の重要性も薄れる。SaaS系のスタートアップなら、設計から実装まで生成AIが担えれば多額の開発費も不要だ。そうすると、投資家のあり方も問われてくる。
実際、1人ではないものの、少人数の企業でこれまででは信じられないような価値が付けられている事例も出てきた。アメリカのコード生成スタートアップの「Magic」は15億ドルの価値がつくとも言われ、多額の資金が集まっている。従業員およそ20人の組織に対する期待値の高さがうかがえる。
しかし、このような事例は早晩見られなくなるかもしれない。それは投資家の関心が向かなくなるからではない。次世代のスタートアップは、Magicなどが生み出したソリューションを活用し、資本をほとんど必要とせず事業を立ち上げるからだ。
改めて問う。「人間の価値とは何か?」
1人ユニコーンの可能性すら論じられるようになってきた現代に、改めて自分自身に問い直す。
人間の価値とは、一体何だろうか。
歴史上、あまたの哲人たちが考え続けてきたであろう問いに、市井の人間たちも向き合う時代が訪れようとしている。
筆者が考えつく答えは大きく2つだ。
1つは、文脈理解や人間の意図を最大限汲み取ったアウトプットを出すことだ。これは生成AIの文章を見て感じることだが、人間のライターだったらもっと洗練され、奥深い表現ができるだろうと思うことがある。
例えば、祇園精舎にある鐘が鳴らされ、沙羅双樹が咲いている風景が広がっていたとする。
もしプロンプトを工夫せず、この風景の写真を生成AIに与えて文章を生成するよう指示した場合、おそらくこの風景の様子を淡々と伝える内容をアウトプットするだろう。
しかし、人間ならどうか。そこに平家の栄枯盛衰を想起させつつ、「盛者必衰」という理(ことわり)を重ねて、儚さなどを表現する。
もちろん、この『平家物語』の冒頭は誇張などがないよう細心の注意を払っているはずで、このような文章を生み出せるのが人間ならではの強みだ。プロンプトを徹底的に工夫すれば現在の生成AIもできるかもしれないが、そもそもここまでやらないと望むアウトプットが得られないのが、人間からするともどかしい。
優秀なライターは、プロンプトエンジニアリングを駆使しなくても、編集者の想像を超えるあっと驚く文章を生み出す。そして、これはあらゆる分野で共通して見られる事象だろう。生成AIはこの壁すらやがて超えてくるかもしれないが、当面は人間に一日の長があるはずだ。
「モチベーション」の源泉はどこにあるのか?
そして、もう1つは「モチベーション」だ。これは生成AIでは持ちえない、人間ならではの強みになるだろう。少なくとも、現代の生成AIは人間がプロンプトを打たない限り何も実行しない。どんなに生成AIが進化しても、最初の一歩は少なくとも人間が踏み出すことになるはずだ。
「モチベーションが上がらない」という言葉を耳にすることがある。これが人間の行動を止める要因と捉えられがちだが、見方を変えれば、これもモチベーションの1つと言えるだろう。ある対象に対して気持ちが向かない、だったらもっと楽してできる方法を模索しようと新たなモチベーションが創発されるかもしれない。
生成AI時代は自分の感情に正直になり、モチベーションが上がること、下がることに素直になるのが最適な戦略になりうるのではないか。
生成AIは自分の想像を超えるスピードで進化を続けている。前回お伝えした「スケール則」も、主要なプレイヤーたちは見切りをつけ、SLM(Small Language Model)を追求しようとしている。数ヶ月前に書いたことがあっという間に陳腐化する現実を突きつけられ、書き手として打ちひしがれてしまうこともある。
それでも自らキーボードを打ち続けて言葉を紡いでいるのは、そこに「モチベーション」があるからだ。どんなに生成AIが進化しても、酷暑の引越しで疲れ切っていても、私は文章を書き続ける。
参考文献
https://youtu.be/iHUPd_gEG8w?si=3uShwZqUFP5ghc1B
https:// youtu.be/qWq6UmLx5A8?si=ovb450YhddBCX99Z
https://magic.dev/
https://www.reuters.com/technology/artificial-intelligence/ai-coding-startup-magic-seeks-15-billion-valuation-new-funding-round-sources-say-2024-07-02/
平家物語 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫 98 ビギナーズ・クラシックス)
https://www.archives.go.jp/exhibition/digital/heikemonogatari/contents/09.html
狩野 晴樹
ライター
都内のスタートアップに勤めるビジネスパーソン。副業でたまに執筆活動を行う。趣味は野球&サッカー観戦。アラフォーになったものの、「不惑」は遠いと日々感じている。