SCIENCE
スマホとの適切な距離感を見つける「Time Offline」という新しい選択肢
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スマートフォンは、人類が求めた「便利さ」の結晶だ。気になることはブラウザを開いて検索すれば大抵答えが見つかるし、AI技術を搭載したより効率的で快適な機器が続々と登場している。
一方で、気がつくと食べる時も、寝る時も、トイレに入る時でさえスマートフォンを手放せなくなった。私たちは便利さと引き換えに、限りある時間をスマートフォンに捧げ、それにより集中力の低下、不安の増大、対人関係の希薄化などの代償を支払っている。
私たちがオンラインに依存してしまうのは、意志の弱さが原因ではない。脳の仕組みのせいだ。そうした事実に気がついた人たちが、意識的にデジタルから距離を置くライフスタイル「Time Offline」が注目を集めている。
今回は、私たちがなぜスマートフォンやインターネットを手放せないのかを、脳の仕組みを用いて解説しつつ、「Time offline」を始めるためのコツやアイデアを探っていこう。
スティーブ・ジョブズは我が子にiPhoneを与えなかった
Appleの創業者スティーブ・ジョブズは、自身の子どもたちにiPhoneやiPadといったAppleの製品を与えなかったことをご存じだろうか。2007年6月に初代iPhoneが発売されて以降、彼が世に放った数々のデバイスは、私たちの暮らしを大きく変えたが、家庭にはその便利さを持ち込まなかった(※1)。
彼だけでなく、世界的に影響力を持つIT企業の幹部も軒並み我が子にはハイテク機器の利用を制限していたという。彼らが生み出した暮らしを便利にする数々のデジタル機器やサービスを、なぜ自分の子どもたちからは遠ざけたのだろうか。
いくつかある理由の一つは、デジタル機器やインターネット依存から子どもを守ることだ。2022年3月に発表されたデジタル依存症の世界的有病率を調査したメタ分析(※2)によると、地域によって特徴にばらつきはあるものの、世界人口の25%がデジタル依存症の少なくとも1つの種類に罹患している可能性があると明らかになった。
スマホ依存は脳がドーパミンを渇望している状態
なぜ私たちはスマートフォンから離れられなくなるのか。その理由は、脳の仕組みにある。例えば、恋の始まりを思い出してほしい。相手からメッセージが届いたり、デートの約束を取り付けたり、「ドキドキ、ワクワク」するたびに、脳内ではドーパミンと呼ばれる快楽物質が分泌される。
これと同じことが、SNSやインターネット、ゲームなどを使っている時にも起きている。スマートフォンの無限の空間にある、私たちの好奇心をくすぐる目新しい情報は脳を絶えず誘惑しているのだ。
また、ドーパミンは目新しいものに反応するため、一度経験したことには「ときめき」を感じにくくなる性質を持つ。さらに、脳内で生成されるドーパミンは有限であり、度重なる分泌によって枯渇すると「快楽」が得にくくなり、脳はドーパミンを渇望するようになる。これが一般にいう依存の状態だ。
ただし、すべてが直ちに依存となるわけではない。依存は「やめなければいけないとわかっているのにやめられない」状況を指す。アルコールやドラッグなどの物質依存と、それらを伴わない依存症は、行動嗜癖(こうどうしへき)と呼ばれる。
脳がハマるプロセス
脳がハマるプロセスは、脳の報酬系というシステムによるもので、人間に限らずさまざまな生物に共通する。アメリカで20年以上にわたって不安や習慣を専門に研究する依存症精神科医で脳科学者のジャドソン・ブルワーは、著書『あなたの脳は変えられる』で脳がハマるプロセスを、「刺激・行動・報酬」の3段階で説明している(※3)。
まず、「スマートフォン」という刺激を受ける。次に、行動のステップで「使う」に移り、最後に「楽しい」という報酬を得る。この3つのステップを繰り返すことで、私たちの脳は「スマートフォンを使うと楽しい」という学習をする。そうして、知らず知らずのうちについスマートフォンに手が伸びてしまうのだ。
これは、脳によるものだけではない。私たちが日々接している世の中のサービスは、私たちの脳を熟知した上で、ハマるようにデザインされている。例えばインスタグラム。画像やストーリーズを投稿すると、誰かが「Like」をしてくれる。脳はこれを「報酬」として受け取り、人はまた「Like」を欲する。
こうして、スマートフォンの先に広がる世界での時間が増えるほど、私たちの体と心には異変が起きやすくなる。
まずは脳疲労。私たちが感じる「疲れ」は、実は体ではなく脳から生まれている。スマートフォンが手放せない人で、なんだか最近集中力が続かない、イライラしやすい、だるさがずっとある場合は要注意だ。これらの症状は、インターネット上で大量に受け取った情報を処理できないことが理由で引き起こされやすい。
その脳疲労を放っておくと、睡眠障害や不安レベルの上昇が起きる。さらにはうつ病、不安、摂食障害といった精神疾患に発展するおそれもある。
生活に取り入れるTime Offlineのアイデア
現代社会において、なぜスマートフォンを手放せなくなるのかを理解したが、すべてのデジタルデバイスを完全に手放して生活することは現実的ではない。ここで「Time Offline」の概念が重要になる。
「Time Offline」とは、意図的にインターネットから切り離された時間を設けること。デジタルデトックスやスマホ断ちのように、長い期間デジタル機器から断絶してデジタル依存を克服することを目的とするものではない。スマートフォンはついだらだら使ってしまいがちだからこそ、メリハリをつけ、“使いたくなくなる工夫”を行うことだ。
ただ、いざ始めるとなると何をどう始めるべきか迷うだろう。ここでは、著者も実践しているいくつかのアイデアを紹介する。
スマートフォンを使わない趣味を始める
私たちの生活は、スマートフォンに支えられている。読書をする時も、お気に入りの映画を見るのも、英語学習だってスマートフォンを使う人は多い。
スマートフォンを一度開いてしまうと、紹介したように私たちの脳はやめられなくなる。だからこそ、スマートフォンを使わずに行える趣味を見つけよう。
例えば、編み物は人々をリラックスさせる効果があり、メンタルヘルスの改善に役立つという研究(※4)がある。他にも絵を書いてみたり、水泳をしてみたりと、いつもの自分がやらない「目新しい」ことを意識して探してみよう。
充電スポットを寝室から排除
スマートフォンからいきなり離れるのは無理でも、使う場所を制限するのは意外と簡単にできる。
寝室でスマートフォンを充電している人は、寝室ではない場所で充電するようにしよう。それにより寝たまま使ったり、寝る前のネットサーフィンで交感神経が活発になり眠れないといった状況を回避できる。
「それでは眠れなくなる」という人でも大丈夫。寝る前のスマートフォンを控えるだけで、副交感神経が優位になりやすくなる。
Time Offlineは0か100でなくていい
スマートフォンは私たちの暮らしを豊かにした。だが、知らず知らずのうちに依存に陥りやすい状況も潜んでいる。
あなたがスマートフォンを手放せなかったり、いつも通知を確認してしまったり、動画を見ながら食事をしてしまうのは、意志の弱さではなくきちんとした理由があるのだ。
Time Offlineで重要なのは、100か0で考えるのではなく、良い面はしっかりと享受し、それ以外は意識して調整すること。何もかもがデジタルになりつつある社会だからこそ、デジタルの誘惑に惑わされない賢さと取捨選択の技術がいま求められている。
参考文献
※1 Steve Jobs Was a Low-Tech Parent|The New York Times
https:// www.nytimes.com/2014/09/11/fashion/steve-jobs-apple-was-a-low-tech-parent.html?_r=0
※2 Global prevalence of digital addiction in general population: A systematic review and meta-analysis
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0272735822000137
※3 ジャドソン・ブルワー『あなたの脳は変えられる』, ダイヤモンド社, 2018
※4 Knitting brings calmness and structure to the lives of people with mental illness|University of Gothenburg
https://www.sciencedaily.com/releases/2024/03/240319123109.htm
参考書籍:アンデシュ・ハンセン『スマホ脳』, 新潮社, 2021
Ayaka Toba
編集者・ライター
新聞記者、雑誌編集者を経て、フリーの編集者・ライターとして活動。北欧の持続可能性を学ぶため、デンマークのフォルケホイスコーレに留学し、タイでPermaculture Design Certificateを取得。サステナブルな生き方や気候変動に関するトピックスに強い関心がある。