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学費高騰のアメリカ、若者たちを苦しめる学生ローンと言う名の巨額負債

学費高騰のアメリカ、若者たちを苦しめる学生ローンと言う名の巨額負債

総額1兆7700億ドル(約265兆円)。一体何の数字なのか、おわかりだろうか。これは、アメリカの大手レンディングマーケットプレースのレンディング・ツリー(Lending Tree)がまとめた、2023年第二四半期末(2023年6月末)時点のアメリカの学生ローンの総借入残高である。対前年比で1.25%増加しており、アメリカ史上最大の数字となっている。

2023年度のアメリカのGDPは27兆3600億ドル(約4104兆円)なので、アメリカの学生ローンの総借入残高はアメリカのGDPの6.45%に相当する巨額となっている。そしてこの学生ローンの存在が、多くのアメリカの若者を苦しめる大きな経済的負担となっている。今回は、アメリカの学生ローンの現状についてお伝えする。

終わりを迎えた学生ローンの返済猶予

2023年9月1日、新型コロナのパンデミックの影響を受けた学生たちを救済するため、3年前にトランプ政権が始め、バイデン政権が継続してきた連邦学生ローンの返済猶予(モラトリアム)が終了した。これにより、3年間学生ローンの元金と利息の返済を猶予されてきた学生たちの返済が再開されたが、返済が出来ない学生が続出し、大きなニュースとなっている。

上述のレンディング・ツリーによると、2023年第二四半期末時点でアメリカには4,300万人の学生ローン利用者が存在し、利用者一人当たりの借入残高は平均43,570ドル(約653万5500円)となっている。毎月の返済額の平均は、学士号取得者が621ドル(約93,150円)、修士号取得者が720ドル(約10万8,000円)となっているので、相当の所得を得ている人でなければ負担は大きいだろう。実際のところ、アメリカ教育省によると、学生ローンのモラトリアム終了後返済が返済できたのは学生ローン利用者の60%程度で、20%程度の利用者が「返済期日が来ても返済できない・返済しない」状態にあるとされている。
 

返済出来ない学生ローン利用者が続出

学生ローン利用者の20%程度が「返済期日が来ても返済できない・返済しない」状態にあるということ自体がすでに異常なことであり、金融モラルハザードの発生を憂慮すべき事態であると言うべきだが、アメリカの学生ローンの実情に詳しいある専門家は、特にアメリカの金利引き上げの影響が学生ローン利用者を直撃していると指摘している。

例えば、金利上昇により最近のアメリカの学生ローンの平均金利は7%台に上昇しているが、40,000ドル(約600万円)の学生ローンを7%の利息で10年返済で借入れた場合、利息の支払だけで16,000ドル(約240万円)にもなる。さらに10年よりも長期で返済する場合、利息の負担はさらに大きくなる。

また、インフレの悪化による影響も大きいと見られる。インフレによる生活コストの上昇も学生ローン利用者を直撃している。金融調査会社のクレジットカルマが学生ローン返済猶予終了後に行った調査によると、学生ローン利用者の56%が(返済再開が始まった)学生ローンの返済に充てる資金を、家賃や食料品などの生活必需コストの支払に優先すべきか悩んでいると答えている。つまり、学生ローン利用者の半数以上の家計がカツカツの状態で、学生ローンの返済に回せる資金的な余裕がないというのだ。金利の上昇とインフレの悪化というダブルパンチに見舞われたアメリカの学生ローン利用者の多くは、まさに金融的な崖っぷちに追い込まれていると言っていいだろう。

自己破産しても免責されない「学生ローン」

それほど多くのアメリカ人が巨額の学生ローンの返済に苦しんでいるのであれば、いっそのこと自己破産を申し立てて返済義務から逃れてしまえばいいだろうと考える人は少なくないだろう。

しかし、アメリカの学生ローンのほとんどはアメリカ連邦政府からの助成金を財源にしているため、借り手が自己破産を申し立てても原則的に免責されない。連邦政府の主たる財源のひとつはアメリカ国民の血税であり、血税をむやみやたらと無駄にすることは許されない。アメリカ国民の少なくない層が学生ローンの自己破産による免責に反対するのみならず、返済猶予にも反対するのはそれが最大の理由である。

また、アメリカの学生ローンの場合、返済が滞るとすぐに保証機関が回収手続きに入り、その手数料を上乗せして請求される。つまり、従来のローンの元金と利息に加えて、最高で16%もの手数料が上乗せされてしまう。学生ローンの返済ができない上に回収手数料が雪だるま式に上乗せされ続けてしまうのでは、まさに借金地獄と言うほかないだろう。

そもそもアメリカの大学の学費高騰の理由は?

アメリカで学生ローンの利用が増加し、社会問題化することの背景にはアメリカの大学の学費高騰の問題があるのは間違いないが、そもそもアメリカの大学の学費はなぜ高騰しているのだろうか。

この問いについて考えるには本稿の紙面が限られており、あらためて別の記事にて考察したいと考えるが、筆者のオピニオンとしてあえてひと言申すならば、アメリカの大学の「行き過ぎた競争」の結果として、教育機関の消費者・利用者としての「学生ローン利用者」たちに課せられる負担が増加し、学費高騰に繋がっていると考える。

アメリカの大学の「行き過ぎた競争」は大学の至る所で繰り広げられている。アメリカの名門大学のビジネススクール、ロースクール、メディカルスクールなどは、軒並み自らのランキングを上げるために人材を含む経営資源に多額の投資を行い、競争力確保に余念がない。多くの大学は優秀な人材を確保するために日本では考えられない規模の投資を行っている。

カレッジフットボールなどの大学スポーツの領域でも競争が激化している。特に事実上プロフェッショナルリーグと化したアメリカのカレッジフットボールチームなどは、それぞれ競争力確保とブランド構築に巨額の資金を投じている。スター選手をリクルートするために事実上の「契約金」のようなインセンティブが用意され、リーグ全体の運営コストを上昇させている。チームやリーグの知名度やブランドが全国化し、ナショナルブランドとなる一方で、それを支えるコストの上昇は大学の運営費として跳ね返ってきている。

以上は一例に過ぎないが、繰り返すが、筆者はアメリカの大学の「行き過ぎた競争」こそがアメリカの大学の学費高騰の主たる要因であると考えている。
 

「大学へ行く意味」を問い直す人も

高騰する大学の学費、およびそれに伴う教育ローンの負担増加を疑問視し、あらためて「大学へ行く意味」を問い直す人も増えている。シカゴ大学とウォールストリートジャーナルが最近共同で行った調査によると、調査対象者の56%が「四年制大学を卒業することはコストに見合っていない」と答えている。調査対象者の半分以下しか四年生大学を卒業する意味を見出していないわけで、このトレンドは、今後のアメリカでさらに拡がる可能性があるだろう。

アメリカでは6ケタ以上の年収(10万ドル、1500万円以上)を稼ぐ人を「シックス・フィギュア・アーナー」(Six Figure Earner)と呼ぶが、アメリカの公共放送のPBSが、アメリカで最近高卒の「シックス・フィギュア・アーナー」が増えており、若者の関心を引きつつあると報じていた。高卒の「シックス・フィギュア・アーナー」には、大工、塗装工、電気工事技師、水道技術管理者などが多いとされるが、いずれも数年程度の実務経験で独立でき、経済的自立性が高いと紹介されていた。アメリカの大学を卒業するバリューが疑問視され始める中、昔ながらに堅実に腕で稼ぐ「シックス・フィギュア・アーナー」に若者が注目するのも、言うなればごく自然な現象であると言えるだろう。

「学生ローン危機」は日本でも起こり得るか?

 
ところで、アメリカで進行中の「学生ローン危機」だが、同様の事態は日本でも起こり得るだろうか。筆者は、アメリカほど問題は深刻化しないと予想する。日本でも、日本学生支援機構による「奨学金」という名の「学生ローン」の利用者が増加し、令和2年度の調査では、大学生の二人に一人が「奨学金」を利用し、平均で310万円ほどを借入れている。借入の平均額はアメリカの半分程度で、しかも日本学生支援機構の奨学金の場合、返済期間がアメリカよりも相応に長いケースが多く、利用者の負担もアメリカほど大きくないと考えられる。

それでも、日本でも借入れした「奨学金」の返済に苦しむ人が増加しているようだ。中には返済を断念して、自己破産を申し立てるケースもあるようだ。日本の場合はアメリカと違い、学生ローンの債務は自己破産で免責になる可能性が高い。それゆえ、日本では学生ローンの利用者にとっての「ラストリゾート」が用意されていると言える。アメリカの学生ローン利用者が置かれている状況を鑑みるに、日本の奨学金利用者は、アメリカよりも社会的に十分に守られていると言うべきかもしれない。

参考文献

1,https://www.lendingtree.com/student/student-loan-debt-statistics/#:~:text=Americans%20own%20%241.77%20trillion%20in,the%20second%20quarter%20of%202022.
2,https://www.nytimes.com/2023/12/15/business/student-loan-debt-payments.html
3,https://www.cnbc.com/2023/08/13/56-percent-of-student-loan-borrowers-will-have-to-choose-loans-or-necessities.html
4,https://www.forbes.com/sites/vinaybhaskara/2023/05/05/is-a-college-degree-worth-it-in-2023/?sh=34100f7b2707
5,https://financial-field.com/living/entry-198974

WRITING BY

前田 健二

経営コンサルタント・ライター

事業再生・アメリカ市場進出のコンサルティングを提供する一方、経済・ビジネス関連のライターとして活動している。特にアメリカのビジネス事情に詳しい。

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