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【ザ・パーフェクトセオリー】アインシュタインが見た「星が移動し、時が速く進むとき」

【ザ・パーフェクトセオリー】アインシュタインが見た「星が移動し、時が速く進むとき」

アインシュタインが一般相対性理論を発表してから1世紀を越えて、未だこの理論の修正の必要性を示す観測や実験結果は見つかっていない。100年以上、完成から何も変わらずに残り続ける、最も美しく深い自然法則である。

1915年の一般相対性理論の発表は、それまでの世界を構築していたニュートン理論とは全く異質な概念から、宇宙という私たちの現実世界についての正解に辿り着いた。そして未だそこから、新たな発見と実証を生み出し続けている。

アインシュタインによってもたらされた宇宙に関する様々な予測は、彼の理論に感銘を受けた人々が観測することで実証されてきた。ここでは、アインシュタインの理論とともに並走し、大発見を繰り返してきた長い実証実験の歴史について、その道のりを辿ってみたい。

ゴム膜の上の惑星たち

アイザック・ニュートンは、1687年に出版した偉大なる「Philosopiae Naturalis Principia Mathematica 自然哲学の数学的諸原理(プリンキピア)」の中で、”Gravity 重力”をこう定義している。

「The forth which retains the celestial bodies in their orbits — a gravitating force, we shall hereafter call it gravity. — That all bodies gravitate towards every planet.」

つまりりんごと地球どうしが引っ張りあっているという“2体間に働く力”こそが重力であり、同じことが太陽と地球などの惑星間など、質量がある全ての物体間で起きているという解釈になる。地球上の小さなりんごの落下の動きを惑星間にも当てはめるという物事を普遍的に捉える姿勢は、今日の物理学の基本となり、人々の天体観や世界の捉え方に大変革をもたらした。

しかしその200年後、アルベルト・アインシュタインが世界の根本常識となったニュートンの理論を書き換えるセオリーを発表する。たった三ページの論文、それこそが「一般相対性理論」である。

一般相対性理論の一番核となる部分を簡単に説明するならば、質量による時空の歪みを重力と捉えたということである。
時空は、縦、横、高さの3次元をもつ空間に、時間も加えた4次元の座標で表される。ニュートン力学では時間と空間は全く別のものと定義されていたが、アインシュタインの一般相対性理論ではそれが互いに結びついている。

時空に見立てた布をはったタライの上に、太陽に見立てた重くて大きいボールを真ん中に据え、布が沈み込んだ状態で、ビー玉を離れた場所から回転させるように投げ入れ遠心力をかけた状態にしてみてほしい。ビー玉はボールの周りを布の歪みに沿って周回していく。これこそが惑星の動きであり、アインシュタインの「重力」である。

“Gravity visualized” Dan Burns, March 10,2012
ダン・バーンズによるPTSOSワークショップでの重力デモ

更にビー玉からただ手を離して入れてみる。するとビー玉はボールめがけ真っ直ぐ布に沿い落ちてゆく。これがりんごが地球に落ちるという現象をも説明している。 

もし布の上に鉄製のボールが乗ったら、更に大きく布がたわむだろう。これは惑星の質量が重ければ、時空がより大きく歪むということになる。これは古代から続いてきた天体観測や、コペルニクスからガリレオ、カント、ニュートンと連綿と続いてきた宇宙の法則に対する観測と神の智慧の希求の歴史から大きく飛躍し、その全ての疑問に答える全く新しい自然法則であり、ほころびのない”完璧な理論”だったのである。

一般相対性理論に命を救われた男

発表された論文の革新的な内容はヨーロッパの科学者たちを騒がせた。しかしまだ理論上で、検証には観測実験が必要だ。アインシュタイン自身は、質量の大きな惑星の周りでは空間の歪みとともに光すらも曲がってしまうと考えていたので、皆既日食のタイミングで太陽の周りの星の位置を観測実験をすれば私の理論が実証できると推奨していた。

筆者作

ただし論文が発表された1915年は第一次世界大戦真っただ中で、ドイツの科学者たちは批判の矢面に立たされていたこともあり、正当な評価を受けていたとは言い難かった。

そんな折、一般相対性理論に興味を持ち、実証実験を行おうと立ち上がったのは、敵国であるイギリスの物理学者アーサー・エディントンであった。イギリス王立科学アカデミーの人々が口々に”アインシュタインはドイツ人で彼の論文は検証に値しない”などと感情的な批判をするなか、エディントンは純粋に科学的な観点からアインシュタイン理論の検証の必要性を訴え続けていた。幸運にも、1919年に皆既日食が発生することが分かっており、それはまるで運命のような、絶好の機会だったのである。

エディトンは徴兵のリストに入っており、皆既日食観測遠征隊を発足する案は、徴兵忌避と捉えられて投獄されかねなかったが、ギリギリのところで熱意が通じ、悲願の観測遠征を行う許可が出た。もしエディントンが徴兵されていたら、戦争で命を落としていた可能性すらある。アインシュタインと一般相対性理論が、間接的にエディントンを救ったと言えるかもしれない。

皆既日食で星が動くとき

1919年5月29日、皆既日食の日がやってきた。エディントンはチームをアフリカ西部のプリンシペ島とブラジルのソブラルに分け、太陽がある状態で日食中に周囲の星の位置が確認できる時と、太陽が無い時の双方を写真に記録し、星の位置が移動していれば一般相対性理論は正しい、という、実に単純明快な観測実験を行った。

筆者作

写真乾板で撮影された35枚の写真のうち、2枚のみが正しく偏差を観測できた。得られた星の偏差は1.61秒で、アインシュタインの予測値1.75秒との誤差は僅か0.3秒だった。一般相対性理論が正しいと立証された、歴史的な瞬間である。

ロンドンタイムスには一面に「科学革命。宇宙に関する新理論。ニュートン学説くつがえる」という見出しが踊った。その時エディントンはアインシュタインに手紙をしたためている。

「11月6日に我々の観測結果が報告されると、たぶん御存知だと思いますが、イギリス中があなたの理論のことで持ち切りとなりました。それはとてつもないセンセーションを巻き起こしました」

その大ニュースはエディントンの手紙が伝えるように、大変な興奮と共に英語圏に瞬く間に広がり、アインシュタインは20世紀で最大のスーパースターになったのである。

スカイツリーでは時間が速く流れている

一般相対性理論が正しいと実証できた例は、論文発表直後から現在まで未だ観測され続けている。ここでは数例を紹介してみよう。

論文を発表した1915年、アインシュタイン自身が「水星の近日点移動の謎」を解いたことは有名である。

惑星は太陽のまわりを楕円軌道を描いて公転しているが、水星の公転軌道は完全な楕円にはならず花びら模様を描いて移動していることが既に分かっていた。惑星が太陽に最も近づく点を “近日点”というが、水星はこの近日点を花びら模様上に100年間で約570秒移動している。

この現象は長らく水星が他の惑星からの重力を受けるために生じていると考えられており、フランスのルヴェリエは1859年にニュートン力学を用いて計算を試みてる。ところが計算結果と観測データの間には45秒の食い違いが生じてしまった。ルヴェリエはこの原因を未発見の惑星による影響と結論づけたが、そのような星は結局見つからなかった。

筆者作

しかし1915年、アインシュタインが完成したばかりの一般相対性理論を用いて、太陽の周りの時空の歪み方を計算していた時、水星の軌道がこの時空の歪みによってさらに45秒角多く近日点移動を行うことを解明した。未知の星ではなく、太陽の重力場の影響だったのである。先人たちの残した謎に対する解答が、一般相対性理論の正しさを証明することとなった。

1974年には、世界で初めて連星パルサーが発見されたことで、一般相対性理論の予測値が正しかったことも証明されている。パルサーとは、星の燃えかすである中性子星が放つパルス状の電磁波を放つもので、とても暗く通常目視で観測することは困難であるが、アメリカの天文学者テイラーとハルスが、別の天体と連星になっていると考えられる電磁波を捉えた。そして連星の近星点(連星どうしが最も近づく点)を計算すると、1年で4度も重力の影響で移動していることが分かり、それはアインシュタインによる一般相対性理論の理論値と見事に一致していた。

また2011年には、アインシュタインが一般相対性理論で述べた2つの重要な予言が、NASAの重力探査機B(GP-B)ミッションによって実証された。物体の傾きを高精度で正確に感知するジャイロスコープ4台を衛星に搭載し、アインシュタインの理論における “測地線効果”、すなわち惑星などの周囲で発生する時空の曲がりと、回転する物体が一緒に時空を引きずる”フレーム・ドラッギング効果”が正しいか調査が行われた。

GP-Bに恒星の方向を測る光学機器を搭載し、ペガスス座の連星「IMペガシ」に向け続けた。 一般相対性理論が正しければ、ジャイロスコープの回転軸の方向は徐々に変化することになるが、GP-Bはジャイロスコープの角度が1年間に約6600ミリ秒角ずれていることを発見した。1ミリ秒角は16キロ先の人毛の太さに相当し、アインシュタインが”変化が小さすぎて測定不可能”と言及していた通りであった。現代の衛星の高精度な技術でなければ観測し得なかった結果だろう。

この他にも、2020年に東京大学の研究チームが発表した論文で、東京スカイツリー展望台の時間は地上より10億分の4秒/1日速く進んでいることが分かった。誤差が300億年に1秒という超高精度時計「光格子時計」を使用して、東京スカイツリーの展望台と地上階の2カ所で時間を計測を行い、高度によって流れる時間に違いが有ることを証明した。「重力の小さい場所では速く時間が進む」という一般相対性理論が、地上でも実証された瞬間であった。

カントが見過ごした世界

初めて撮影されたブラックホール

相対性理論が登場するまでの世界では、「時間」や「空間」は観察研究する必要がある対象とは考えられていなかった。偉大なる哲学者カントが「アプリオリ(先験的なもの)」と記しているように、「時間」や「空間」は既に自明であり問う必要のないものと考えられていたのである。

しかしアインシュタインの登場によって、時間と空間という人類の概念が根本から覆り、私たちはもう以前の価値観に戻ることはできない。一般相対性理論という新たなスタートラインから、重力波やブラックホールが実存する世界を覗き見たのである。

今日の高精度に発展した科学技術をもってしても、100年を超えて理論に全く綻びがなく、現代まで連綿とその正しさが実証され続けていることは驚くべきことであり、改めてアインシュタインの発見の凄まじさを実感させられる。私たち人類が長い歴史の中で探究し続けてきた”森羅万象の原理”は、アインシュタインという存在をもって、これまでの人類史上最も飛躍し、現在可能な限りの真理に近づいたと言えるだろう。

しかし宇宙にはまだ、ダークマターやダークエネルギーなど、一般相対性理論すらも越えた未知が広がっている。宇宙はそれほどに広大であり、人類はまだそこに足を踏み入れたばかりだ。

*本文は名古屋大学国際広報室副室長 南崎梓様にご監修いただきました。ありがとうございました。

参考文献

アインシュタイン著、小玉英雄編訳解説「一般相対性理論」岩波文庫、2023年
廣重徹著、西尾成子編「相対性理論の起原」岩波文庫、2020年
一般相対性理論を超える重力理論!?、KMI Science Communication Team
https://teamkmisc.wixsite.com/home/dark-candy-modified-gravity
Gravity Probe B Testing Einstein’s Univers, Stanford University
https://einstein.stanford.edu/MISSION/mission1.html
Testing General Relativity, NASA
https://eclipse2017.nasa.gov/testing-general-relativity
大前宣昭.(2023).超高精度な光格子時計による東京スカイツリーでの相対性理論の実証実験.物理教育通信.190巻p.33-36.
https://www.nature.com/articles/nature08976
小山慶太著「光と重力ーニュートンとアインシュタインが考えたことー」株式会社講談社、2015年
ペドロ・G・フェレイラ著「パーフェクトセオリーー一般相対性理論に挑む天才たちの100年ー」NHK出版、2014年
佐藤勝彦著「世にも不思議で美しい『相対性理論』」株式会社実務教育出版、2017年

WRITING BY

伊藤 甘露

ライター

人間、哲学、宗教、文化人類学、芸術、自然科学を探索する者

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